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どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

訃報…大槌町の刺し子お爺ちゃん、小国兼太郎さん死す、行年93歳

-No.1314-
★2017年04月27日(木曜日)
★《3.11》フクシマから → 2240日
★ オリンピック東京まで → 1184日




◆命日は…1月27日

 昨年暮れ。
 この年、第二次世界大戦の南方戦場から生還した叔父(母の弟)の魂を見送ったわが家は、年始の賀詞欠礼の葉書を送り。
 おえて、ふと気になった人がいて、市外局番のあたま02へ電話をかけた。
 その人は、7年目を迎えた《11.3.11》東日本大震災の被災地、岩手県大槌町の安渡の浜近く、いまも公営住宅の完成を待って仮設住宅に暮らしており。
 お浄土へ身罷った叔父とおなじ、齢90を超えていた。

 電話には、いつものことで妻女がでられた。耳が遠くなったその人は、電話にはでない。
 かわりに、折にふれ手紙を書いてくださったが、それも歳とともに間遠になってきていた。
 「入院しました、肺炎とかで、元気がありません」
 気丈な妻女の声にも、いつもの張りがなくて……

 身体を温めてもらおうと、病院のベッドでも食べられる懐中汁粉を送って。
 ぶじ退院したら、肉でも食べて体に精をつけてもらおうと、思っていた。
 寒い冬のあいだは、ぼく自身、耐えて生きる心境、人を元気づけられる気分でもなく。
 ようやく早春の風が吹いてからも、なんとはなしに、気おくれがしていた。

 毎年のこと、花見の頃、寒気が一気にゆるむと、これまた一気に夏日の気温になったりする。
 ようやく次のステップへ…の被災地。
 ことしは、5月の雪どけをまって、まず福島県へ巡礼の旅。
 その後、宮城・岩手へはまた夏になってからと、心がまえもできてきて。

 そんな日、ひさしぶりに、その人の家に電話をかけると。
 「亡くなりました」
 妻女の沈んだ声に、うちのめされた。

 こういうことが一、度ならずあった、ぼくだった。
 想いおよぶことを、避けたい気もちを、くりかえす。
 吾ながら、ただ、情けなかった。

 心根のやさしい元漁師は、ガーゼの布に刺繍糸の刺し子、手芸に熱中することで気もちの張りを支え。
 「できれば復興した故郷を、もういちどこの目で見ておきたい」
 そう述懐していたのだのだけれど……

 三陸岩手の浜に生き、こんどの大津波で生涯3度の”海嘯”を切り抜けてきた命が、ひとつ、逝った。

 宅急便の荷物は、肉から香華にかわって。
 ひとあしさきに、春まだあさい〈みちのく〉へ旅立って行った。

 

小池さん、江戸っ子の〝こころいき〟と〝いなせ〟を忘れちゃいけねぇョ

-No.1313-
★2017年04月26日(水曜日)
★《3.11》フクシマから → 2239日
★ オリンピック東京まで → 1185日



◆江戸っ子気質がわかっているのかな…

 豊洲への移転がすべてじゃない。
 いまある築地で、営業をつづけながら再整備、という選択肢もあります。
 市場移転問題を審議する「市場問題プロジェクトチーム」、都専門委員の提言があったのは、4月8日。

 (そうか、その手があったな!)
 ぼくが、新市場予定地豊洲の汚染不安解決策として、”築地再整備”その間”豊洲に仮移転”を考えたのは、2月16日(-No.1244-記事)のことだった。豊洲の跡地は物流拠点にでもすればよかろう、と言った。
http://blog.hatena.ne.jp/sashimi-fish1/draft-scat.hatenablog.com/edit?entry=10328749687215030113

 いまも、ヤルなら真っ新〔まっさら〕から、の気もちにかわりはなく、ケチがつくことをいちばんに嫌う。ボクも江戸っ子きぶんの男だが。
 前にも言ったとおり、いまどきのメトロポリスTOKYOに”汚〔けが〕れなき土地”など望むべくもない。
 次善の策は”ノーモア汚染”これしかない。

 営業をつづけながら再整備、あるいは再開発のうごきは、たとえば渋谷駅、あるいは小田急線の複々線化など、枚挙にいとまなく、建築技術のめざましい向上があり、実績の積み重ねも申し分ないようだ。
 築地の再整備は90年代にいちど失敗の経験があるわけだが、あの頃とでは、もろもろの状況が、いまはちがってきている。
 「やれる」のであれば、地理的にも築地の方が段違いに勝っている。

 工期は7年というから長い。工費も新たに概算734億円が必要で、豊洲に投じられた6000億円も無になることを想うとため息ものだが、これに重々懲りてもらえるなら、まぁ、しかたがあるまい。

 豊洲の跡地売却についても、ぼくが想定した物流拠点より、人気のベイエリアで売れるものなら高層マンション用地のほうが有利にちがいなく、豊洲に費やした額の半分くらいは回収できるかもしれない(それでも…2020TOKYO選手村跡地がすでにマンション用地になる予定でもあり、キャパシティー・オーバーで売れのこる心配はのこる、けれども…)。

 あとの心配は、築地再整備の工事費に土壌汚染対策費が含まれていないこと。過去に米軍のドライクリーニング工場があったことや、旧い建築基準のもとで使用されたアスベストの除去など、ハードルはけして低くない。

 13年度の築地市場土壌調査では、敷地南端で環境基準の2.4倍のヒ素を検出していたことも、つい先ごろ判明している。
 こんどもまた、お役人のわるいクセの甘いヨミがくりかえされるようだと小池都政も沈没しかねない。
 利便を考えて、1階が市場、2階が駐車場になるとすれば、安全性の追求にゆるみがあっても、いけない。

 もうひとつは、小池知事の都政にスピード感がかけること、リズミカルには進んでいない。
 ”都民ファースト”で合意の形成優先はいいと思うし、このさい、今夏の都議選で市場問題を争点に、支持基盤の拡大・強化をはかりたい思惑もわかる、が。

 その”都民ファースト”の都民は、国民一般レベルからすると”気のはやい”人々。これは男性ばかりでなく、小池さんのファンが多い女性たちにも、おなじことがいえる。「ファースト」の「一番」には「はやい」もふくまれる。
 ”もたもた”してると、飽きられる、付くときも早いが離れるときも早い。

 なんどもいうが、市場関係者の多くは”イキでイナセ”をモットーとする江戸っ子気質の、少なくとも継承者たちだ。
 すでに一部には、知事に対して賠償責任を問う訴訟の準備をすすめるうごきもある。
 
 ぼくも都民の一人として、小池さんの方向性や立ち位置はヨシとしている。
 彼女は、アメリカのタイム誌が公表する、毎年恒例「世界で影響力のある100人」に、今年、日本人ただ一人、選ばれた。
 その評価のほどは、おなじ100人の一人に北朝鮮金正恩も選ばれているので、なんとも言えないけれど。どうか。
 つまらない油断や軽視で、足もとをすくわれないでほしい……

 
 
 


 

江戸四宿のひとつ内藤新宿から、新宿御苑へ花見ウォーク

-No.1312-
★2017年04月25日(火曜日)
★《3.11》フクシマから → 2238日
★ オリンピック東京まで → 1186日








◆春爛漫の4月10日

 新しい国立競技場の建築現場を見た(22日記事)後、ふと、むかしを想う気分に誘われて内藤新宿へと歩いた。
 外苑西通りを、首都高新宿線とJR中央線の線路下を潜っていけば、すぐ右手が新宿御苑内藤町。かつてはこちらに御苑の正門があったが、現在ふだんは閉鎖になっている。

 交番脇の案内板に「伝 沖田総司逝去の地」とあって、一気に”時代もの”の世界へ。
 内藤家屋敷(現在の御苑)に沿って流れていた旧玉川上水の余水吐〔よすいばき〕渋谷川)に近く、新選組隊士沖田総司の最期を看とった植木屋平五郎の家があった、とされる。総司は晩年、肺結核を患っていた。
 川筋の跡と思しき窪地に、名も知らぬ紫の野の花が、無心に群れ咲いているかに思われた。

 少し先、ひとつ内側の路地に、内藤家(信濃高遠藩)の家祖、藤原鎌足を祀った多武峯内藤神社がある。
 境内の「駿馬塚」というのに、伝えのこされている逸話が気宇壮大でいい。

 江戸入府後に徳川家康が家臣の内藤清成を呼び、現在の新宿御苑一帯を指し示して、こう言ったという。
「馬でひと息に回れるだけの土地を与える」
 すると清成の乗った駿馬は、南は大久保、西は代々木、東は四谷まで走って倒れて死んだ。
 その駿馬の功をたたえてできたのが、この駿馬塚だという。

 似たような外国(ロシアだったか…)の話しを子どもの頃に、聞くか本で読んだかした覚えがあるけれど、こっちの話しの方がスカッと気もちがよくて、いい。

 新宿通りに出ると、右が四谷。
 左側の新宿1丁目から2丁目、いまの新宿3丁目にかけてが、かつての内藤新宿。現在の新宿駅前繁華街より東の方に寄っていた。

 日本橋を起点に整備された街道の最初の宿場、東海道品川宿中山道の板橋宿、奥州(日光)街道の千住宿と並ぶ江戸四宿のひとつで、その賑わいは品川宿に次いだ、が。
 途中一度は宿場廃止の憂き目にもあっている理由が、岡場所(色町)の繁盛しすぎ、つまり風紀の問題によるともいわれるのだから、その新宿魂いまも健在といっていい。
 
 甲州街道(現在の国道20号)を御苑トンネルに見送って、すぐに大木戸跡。
 内藤新宿、正確にはこの四谷大木戸から西へ、新宿追分(現在の新宿3丁目交差点)あたりまでおよそ1キロほど間で、最盛期の旅籠屋の数は50軒を超え、追分からは青梅街道が岐れていた。

 新宿御苑には、大木戸門から入る。
 1週間ほど前に御苑に遊んだ知人の話しだと、「入口から大勢の外国人をまじえた長蛇の列にウンザリ」とのことだったが。
 この日はさいわい、さほどのこともなく、しかし、苑内でのアルコール禁止ということで、持ち物チェックが花見客には艶消しのかぎり。

 苑内の桜は、ちょうど満開、花見ごろ。
 ことしの桜花は、開きはじめてから寒い日がつづいたぶん、花もちがよかった。

 それにしても、知人の証言にもあったとおりの外人観光客ラッシュ。
 この日もたいへんな数で、うっかりすると日本人の高齢者グループをしのぐほど。
 芝生に腰をおろして、ぼくはしばし考えてしまった。

 いま欧米では、難民・移民排除の嵐が吹き荒れ、いっぽうで日本は、もともとが難民・移民の受け入れに消極的だと指摘されつづけてきた。

 ぼく自身は、どうか。
 日本語以外の言語での会話ができないところが難だが、ボディーランゲージで凌ぐくらいのことはできるし、必要に迫られれば受け入れる気もある、が。
 もうしわけない、けれど、誰でもオーケーというわけには、ヤッパリいかない。

 現在の訪日外人客のありようを見て、正直な想いをいえば……
 概して、西洋人と、東洋人でも東南アジア系なら不安はすくないけれど、お隣りの韓国人、それよりも中国人のもつ民族性には、正直、辟易とするところがある。

 そうして、しかし、こうも思うのだ……
 日本人もかつては、欧米の国々で「エコノミックアニマル」と呼ばれ、皆一様にメガネをかけカメラを首からぶらさげて…というので、ずいぶん顰蹙をかったことがある。
 その日本人から見て、第二次世界大戦の相手民族は(戦中事情を考慮するとしても)「鬼畜米英」であったな、と……

 「他山の石」か。
 「人のふり見て我がふり直せ」か。

 (ことしはこれで花見もしまいじゃ…)
 ぼくは、桜の花そろそろと散りかかるなか、新宿門から御苑をあとにした。

 新宿駅南口まで歩いてバスタの先、府中方面へとゆるく下っていく甲州街道を目にすると、1964年オリンピック東京大会のマラソン、
アベベ・ビキラ選手(エチオピア)の独走ひとり旅が、髣髴とよみがえってきた。

 ……………

 ことしの桜、町田ではけっきょく16日の日曜日までだった。
 その1週間ほど前には、和歌山県紀伊半島南部の山から、「クマノザクラ」と呼ばれるヤマザクラの1種かと思われていたものが、じつは新種の桜かも知れないという、うれしい便りがあった。
 新種発見となれば、国内10種めの野生の桜、100年ぶりのことになるそうで、「花もきれいで鑑賞用にも期待できる」という。

 ぜひ「ちょっといいはなし」であってほしい。
 

 

 
 
 

 















快生やすみ…いただいてます

-No.1311-
★2017年04月24日(月曜日)
★《3.11》フクシマから → 2237日
★ オリンピック東京まで → 1187日

嗚呼、民進党…惨敗どころか、都議選まででオシマイか

-No.1310-
★2017年04月23日日曜日
★《3.11》フクシマから → 2236日
★ オリンピック東京まで → 1188日



◆これは民進党マズイな…


 そう思いはじめたのは、小池旋風が吹きわたった都知事選あたりからだった。
 …といってボクは、べつに民進党のシンパじゃない。支持政党なし、学生時代からのノンセクトラジカル。

 ただ、政治というきわめて”わがまま”な性格のものとつきあっていくには、少なくとも、いつでも”とり替え”られる補完・対抗勢力と、なるべくなら余裕の選択肢がもうひとつか、ふたつはあってほしい。

 そのためには、とりあえず、民進党がしっかりしてくれなければイケない。
 かつて一度は、大衆の支持をえて政権の座につかせてもらい、羽ばたくチャンスをもらいながら、いたずらに舞い上がっただけの大失敗におわった。
 その反省もせず、責任もとらないままでは(これは現政権の自民党にもいえることだが…)イケない。

 にもかかわらず、いまだに、ふるびた生活習慣病タイプの体質は、かわらず。
 ついに都知事選でも、ひとかけらの存在感も発揮できなかった。

 蓮舫さんが初の女性党首になったけれども、それがわずかに政党史の1項にのこるのみ、になりかねない。
 そんな流れを助長することもないから、がまんして言わずにいたのだけれど……
 この夏の都議選にむけて、うごきだした政局で溺れかけている民進党、もう見ちゃぁいられない。

☆小池新党(まだ地域政党ながら)「都民ファーストの会」が準備され、出来あがったとき。
公明党都連が、自民党とわかれて「都民ファーストの会」との連携にうごいたとき。
  (公明党というのは民意の在り処をよく識っている)
☆対して自民党が、はやばやと都議選態勢を整えたとき。
  (自民党には、それだけつよい危機感があった)
☆国政では、原発再稼働のうごきがいっきに加速したとき。
  (小泉純一郎前総理は、脱原発を争点に選挙戦を闘えば民進党が勝てると言明。また、支持母体の連合および電力労連からの票がどれほどのものか、とも喝破した)
天皇陛下の「生前退位」をめぐって、その「お気をち」にどう応えるかを問われたとき。
☆都政では、豊洲市場問題で議会の存在意義が問われたとき。

  ……………

 これら、たびかさなる絶好のチャンスを、どれだけ、いや、ただひとつでもモノにできたか。

 大衆は”対立”を望んではいない、”対抗”にならない”抵抗”でもない、存在感のある”アピール”をのみ望んでいる。
 民進党の指導層の誰々が、切実にこれを感じとっているか。
 都議選”惨敗”は、民進党”解党”につながりかねない。

 この危機感は、それぞれの個人的にはあるようだけれど、その”流れ”源流らしきものも見られない。
 やむをえず、「これじゃとても闘えない」「わが身の政治生命を絶たれる」というので、都連からは若手ばかりでなく中堅・ベテラン陣からも離党のうごきがやまない。
 さらに、それは国会議員団にも波及、波紋をひろげている。

 ボクも節操がなさすぎるのはキライだが、いまの民進党を見るかぎり、どうにもしようがない。
 恥を忍んでも生きなければならないときもある……

 じつは、きっと、もうオソイのかも知れない。
 少なくとも、この都議選を生きのこるミチは、けわしい獣〔けもの〕道。

 この、いまの、鋭く切り立った”刀の刃わたり”の時代は「がらがらぽん」、なにがあってもおかしくないし、おどろきもしない。
 待望はしない、けれども、橋本徹氏の政界復帰も、あるかも知れない。
 日本にも、ポピュリズムのヌーベルバーグ、これはまちがいなくありそうだ。

 しかし、そうなるとコマるのが、ただでさえ不穏きわまりない1強自民党のうごき。
 なかでも共謀罪については、ぼくも表現者の端くれとして「とおり抜けキ…」、とてものことに許せない。

 これまでの日本社会でも、「あいつらナマイキじゃ、トッチメてやろう」とか、「ミセシメにコラシメておく」みたいなことが、しばしばあった。
 地域の人々を守ってくれるはずの警察が、ある日、不意に異貌(個人とは別の組織の顔)もあらわに牙を剥く。が、ほとんどニュースにもならない。

 たいがいの人々にとっては(自分には関係ないこと)なので知らない。あるいは、知れても忘れるか、忘れたことにする。
 そうしていられるのは、ありがたいことだ…けれども、そのままで一生をすごせるか、どうか。

 世間は、あなたの思うように思ってくれているとはかぎらない。
 そうして、あなたもすでにワカッテいるように、共謀罪でテロは防げない。

 そんなボクの気もちの、受け皿になってくれそうな党派らしきものもない……
 
 
 


 

 
 

「新・国立競技場」の建築が始まった神宮の森

-No.1309-
★2017年04月22日(土曜日)
★《3.11》フクシマから → 2235日
★ オリンピック東京まで → 1189日









◆4月10日月曜日、国立競技場前

 旧国立競技場の解体撤去工事が済んで、広い原っぱになったあと。
 基礎の基礎ともいうべき地盤整備から、グルリ塀囲いのなかで始まった「新」工事。
 基礎整備も完了の目途がつき、一部、本体建築工事にとりかかる頃合いで、その進捗状況が報道関係に公開されたのが今年に入ってから。

 ぼくは、工事現場にとくに関心があるわけではない。けれども、
 現場のにおいを嗅いで感じられることはあり、だから折をみて出かけることになる。

 桜満開の一日、東京メトロ大江戸線、国立競技場前駅。
 ふだんの地下駅は、省エネの照明ひかえめに、地上までのエスカレーターも、利用者があったときにセンサーで動きだす仕組み。
 地上に出ても、ビジネス街でも商業地区でもない周辺は、とうぜんのこと、閑散。
 3年後のオリンピック、その前段階の国立競技場完成に沸く日が来るのをジッと待っている風情に見えた。

 時計まわりに1週してみた。
 とびとびに点在する工事車両の出入り口は、解体工事のときと変わりなく。
 付随する明治公園跡地も、都営霞ヶ丘アパート跡地にも重機の音が響いて。
 ま、そりゃそうなのだが、つい天を仰いでしまう……

 警備員というのか、保安員というべきか、はたまた誘導員か。
 要は、それら一切ひっくるめての安全確保にたずさわる方々、1つのゲートに2人ずつ。女性もまじる。
 解体工事中に歩いたときにも感じたことだが、この人たちに2つのタイプがある。

 1つは、いまどきの社会情勢をふまえ、市民に対して「ご迷惑をおかけします」低姿勢に、ことばも丁寧なタイプと。
 もう1つは、そんなことよりなにより安全と無事故、もめごとなしが先決とばかり、通行人の挙動に過敏でうるさいタイプと。

 工事現場の空気はといえば、さすがは一流企業体、そこらの工事現場にはない緊張感を保持しつつ、キビキビとしていた。
 トラックの出入りでゲートが開くチャンスに中を覗くと、スタンド1階とおぼしき建築現場の足場組みが見えた。

 このままでいけば、災害など特別なことがないかぎり予定どおりの完成になるのではないか。
 これは前にも述べたことだが、ハード面の技術力にはとくに心配していない。

 しかし反面、それにともなうべきソフト面というか、心がまえのあたりに不安がある。
 解体された旧国立競技場の頃、場内にあった「秩父宮記念スポーツ博物館・図書館」の収蔵品(博物館資料約6万5千点、図書館資料約14万冊)の行く先がまだ決まっていない、という。

 もう、なんどもお話しているように、ぼくは「なんでもとっておけ」ばいいとは思っていない。
 生きている人間の人口が減って、のこるは墓ばかりでは、本末転倒であろう。
 これからを生きる人が、のこし積み重なった先祖の遺産の下敷きになるというのも、ずいぶんおかしい。
 責任をもって保存する態勢にないもの、失礼ながら時代を経て魅力をうしなったものについては、マイクロフィルムなどによる資料保存法に替えていく必要、いうまでもない。

 捨てられずにゴミ化する愚が、文化の方面にあってはなるまい、と思うし。
 博物館ばっかり、訪れる人もない、ではどうにもなるまい。

 ともあれ、旧い話しをむしかえすようだが、当初(ザハ・ハディド)案では、規模もより大きく拡充されて新国立に移ることになっていた収蔵品の、いまは移転先が見つからないばかりか、このまましばらくは解決の見とおしもたたない、という。
 どっかオカシイ、歪んでいないか……
 
 収蔵品のうち、新国立で展示できるのは秩父宮親王ゆかりの100点だけ。
 あとは、あの1964年東京大会、伝説の体操”名花”ベラ・チャスラフスカチェコスロバキア、故人)さんのユニホ-ムも、1936年ベルリン大会「友情の金メダル」(陸上棒高跳び2位大江季雄さんの銀メダルと、3位西田修平さんの銅メダルを半分づつにしてつなぎ合わせたもの)も、お蔵入りになる可能性がたかいようだ。

 文化財関係の処遇には、正直、関係者も頭の痛いこととは思うが。
 要は予算措置(カネ)だし、施設・人員のこともあり、放っとけばいずれは……

 もうひとつは。
 2020TOKYOパラリンピック大会にむけ、有望選手の発掘や(真の能力を発揮させる)競技転向の取り組みが始まったという話し。
 欧米ではすでに盛んな「選手発掘事業」が日本でもようやく…というのが3月7日、日本スポーツ振興会(JSC)によって行われ、男子4人・女子2人が合格した、と。これからも続けていきたい、と。

 ヨカッタというべきなのだろう、けれど。
 しょうじきボクは、(えっ…いまごろ)そりゃちと遅すぎやしませんか。

 海外の例でいえば、競技を始めてから半年程度で代表選手になった者もある、「だいじょうぶ間にあう」というのだが。
 おっとり刀、あわてて駆け出すの図……

 どうも、やることなすことがチグハグ、ちっとも腰がきまっていない、そんな気がしませんか?

*写真=(上段・上3枚)は現在の新国立建築中、(上段・下2枚)は明治公園と都営霞ヶ丘アパート跡地。(下段・上から)旧国立の青山門13年11月、旧国立の見納め14年5月、解体が進む旧国立15年3月、解体済んで整地のあと15年5月*



快生やすみ…いただいてます

-No.1308-
★2017年04月21日(金曜日)
★《3.11》フクシマから → 2234日
★ オリンピック東京まで → 1190日

織布の「ちぢみ」と床柱の「磨き丸太」と、共通点は「しぼり」にあり

-No.1307-
★2017年04月20日(木曜日)
★《3.11》フクシマから → 2233日
★ オリンピック東京まで → 1191日




◆雪国から雪きえる頃になると想い出す

 雪国でも淡雪、きえかかる頃になると、(雪晒しもそろそろしまいだナ)と想う。
 川水で洗って糊をおとした反物を、田んぼの雪の原に広げて干す、それを繰り返すだけで、お陽さまのおかげで布の下の雪が蒸発、オゾンを発生させて漂白、細かい汚れなどみんなきれいに吹き消してしまってくれる。

 越後上布の里、魚沼地方を取材したとき、足もとからシンと沁みてくる冷たさと、陽に溶ける淡雪のなんとも言えないやさしさに、おもわず知らずブルッと身体がふるえた。そのときの感覚、40年ちかくたったいまだに鮮明なのだった。

 雪に晒した布は、着古して糸をほどいたものでも、きれいさっぱり。
 雪はまた人肌を色白に磨き、純米の酒も極上に磨きあげる。

 麻の織物、平織りが「上布」、縮織りにしたのが「ちぢみ」。
 さざ波のような「ちぢみ」がそよ風をはらむと、雪国にも春がやってくる。

 麻織物の原材料は苧麻〔ちょま〕、「からむし」とも呼ばれる。
 イラクサの仲間で逞しい繁殖力をもち、いまどきは雑草のように嫌われたりもするけれど、その繊維は人の手で繊細に生まれかわる。

 苧麻からとれる幅1センチほどの、繊維を手指で裂いて細く細く、最後は髪の毛(0.1ミリ)ほどにまでする。1日たっぷり裂いてもせいぜい600本くらい、だから1反分の糸をとるのに1年くらいかかる。

 「ちぢみ」の糸は、これに縒りをかけるのだが、たて糸は500回、横糸は倍の1000回も縒りかさねる。「縮み」の命だ。
 縒りあげた糸は、縒りがもどるのをふせぐ糊をつけて、ようやく機織りにかかる。

 機は、長い反物を織るのに適した地機か腰機。腰機は「いざり機」とも呼ばれる。
 いずれにしても足を前に伸ばして坐り、これも布でできたベルトと太い紐で、腰と足で力を加減しつつ、糸の張りぐあいを調節しながら織っていく。
 
 麻は芯の丈夫な糸だが、木質だからウールのようなしなやかさはなく、乾燥にもよわい。
 雪国の冬は乾燥するから、機部屋には加湿がかかせない。ついでに暖もとる。
 織りにも時間がかかるから、暮らしぶりが仕事にもあらわれやすい。
 「家で喧嘩した日は機に坐るな」と、織子は笑う。

 織り上がった縮みは、仕上師が湯揉み、糊をおとして絞り、横糸の縒りをもどすことで生まれる。
 この「ちぢみ」仕事を「しぼ」と呼ぶ。「しぼ」は「皺」。

 京都北山あたりで生産される床柱用の杉材に「しぼ丸太」という柄物があって。
 プラスチックの舟型をさざ波が寄せるように杉の幹にあて、ぐるぐる巻きに絞りあげて成長させる。
 仕上げは、杉の皮をむき、水をふくませた藁束で磨きをかける。
 
 「小千谷縮」も「北山杉しぼ丸太」も、ぼくは仕事を見て知った。
 どちらも「絞る」ことで、「縮み」の風合いを生み。
 磨きあげるまで、手を抜かない…… 

「海のE・T」ハリセンボンは大洋の漂流者/   〝死滅回遊〟の悲劇にも見舞われている

-No.1306-
★2017年04月19日(水曜日)
★《3.11》フクシマから → 2232日
★ オリンピック東京まで → 1192日




◆水族館一の”癒し”の展示は…

 ハリセンボンであろう。
 イソギンチャクの触手の原っぱに群れ遊ぶクマノミもかわいいけれど。

 胸鰭や尻鰭、背鰭を、団扇のようにパタパタさせながら、ゆっくり泳ぐ。
 機敏さとは縁遠い、いってみれば究極のドンクサさに庇護欲をかきたてられ。
 正面から対面すると、左右に離れた目に絶妙なとぼけた味がある。
 「海のE・T」とボクは呼ぶ。

 不細工かわいい顔をしているが、ハリセンボンは肉食性である。
 丈夫な歯で、貝や甲殻類、ウニの殻などもバリバリ噛み砕く。
 珊瑚礁がお似あいの南の海の魚で、これまで(温暖化以前)は日本では本州以南が生息域。
 「フグちょうちん」という土産物があるけれど、愛嬌があってかわいいのはだんぜんハリセンボンの剥製である。

 ただ(ハリセンボンは喰えない)…とボクは勝手に思っていたのだが。
 針ごと皮をむけば喰える…ばかりでなくイケルと、釣り人からは聞かされた。
 鍋や味噌汁、刺身にもなるが「唐揚げが一番かもしれない」そうだ。
 沖縄の名物料理に「アバサー汁」(アバサーはハリセンボンの沖縄地方名)というのがあるそうだが、ボクは食べていないし、正直、あまり食欲を誘われない。
 魚好きといっても、ボクはけっして、なにがなんでも喰いたい派ではない。
 見てるだけでイイお魚ちゃんもいるのダ。

 ハリセンボンを「トゲトゲボール」と称していたのが、NHKの『ダーウィンが来た!』。
 鱗が変化したハリセンボンの棘、体長30cmほどの針数を実際に数えてみたら345本であったとのこと。もちろん、個体の大きさによっても違うのだろうが、だいたい350本前後というところらしい。
 「千」は「多い」の昔から知られた誇張表現、針千本の場合もそれだった。

 ハリセンボンの生態で興味深いのは、産卵行動。
 これも、大自然のたくまざる妙、といっていい。

 抱卵したメスは、そのお腹の重さのせいか張りすぎのせいか、ともあれ自力では泳げないほどになり、岩穴などにひき籠る。
 そんなメスに、オスどもが言い寄り集って誘い出し。
 目的はいうまでもない自身の子孫をのこさんがためだが……
 ライバルこぞって替わる替わるメスのお腹を下から口で突つきながら、自然、上へ上へと押し上げていく格好になる。
 まるで「おみこしワッショイ」というわけだ。

 魚の産卵行動で、オスがメスの腹を口で突ついてうながす例はほかにも多々あるが、それはほとんどがメスを獲得したオス一匹の行動であり、ためにオスは他のライバルを寄せつけない前哨戦を闘ってきている。
 ところがハリセンボンの場合には、ライバルたちがたがいに競うようにして最後までチャンスを窺う。
 動きがスロ-なゆえのなりたち…ともいえそうで。

 やがて時がきてメスが産卵すれば、オスたちはすかさず吾が精液をかけて受精させようと競うわけだが、ハリセンボンの場合にはそれも、少なくとも数匹が同時に群がって精液を振りかけるから、たくさん産まれる卵のなかにはAくんの仔になるのもあれば、BくんやCくん、Dくんの仔だってあるかも知れないのだった。
 しごくヘイワである。

 しかも、この産卵・受精システム、じつに合理的でもある、という。
 なぜなら、海の底の方で産まれた卵は行き場が限られてしまうのにくらべ、おみこしワッショイで海面ちかくまで運ばれて産まれるハリセンボンの卵は、潮の流れにのって広く拡散される。

 いうまでもなく「トゲトゲボール」のハリセンボンだって、いつも棘を突き立てて生きているわけじゃない。
 似た仲間のフグにしても、危険を察知したときに威嚇・警告として、はじめて膨れる(が、フグの棘はオマケみたいなもの)。
 ちなみに、いま似た仲間といったけれども、フグ科とハリセンボン科は、近いけれどもまったくの同類ではない、証拠にハリセンボンには毒がない、英名でも”魚のヤマアラシ”と個性を尊重されている。

 では、ハリセンボンがトゲトゲボールになるのは、いつか。
 それがじつは、まったく際どいギリギリになって、というから驚く。
 ウツボとかハタとかの天敵に喰いつかれたり、吞まれかけた瞬間に全身の剛直針(かなり鋭く硬い)を突き立てみごとなトゲトゲボール(イガグリにも例えられるが語感ではこっちの方がピッタリ)に変身、天敵はやむなく餌を吐き出すことになる、という。
 その突き立てスピード、なんと4.5秒とか。みごとな一芸、といっていい。
 
 芸といえば、お笑いの「はりせんぼん」、命名の由来は「ハリセンボンは顔はかわいいけど、怒るとこわい」とか。コレ、あるいはトゲトゲボールのことをいったものかも知れない。

 ただし、ハリセンボンにも弱みがあって、それはとうぜんながらヒレには棘がないこと。
 なかでも再弱点が、ピョンととびだした尾鰭。ここはまったくの無防備のため、ダイバーたちはよく、尾を喰われたハリセンボンに出逢うのだそうな。

 泳ぎが達者ではない愛嬌者には、さらなる悲劇もある。
 暖流にのって北上しすぎる結果、水温が低下すると生きのこることができず、温帯の海岸に大量に漂着死することがあるのだ。
 これを「死滅回遊」と呼ぶわけだが、学術用語というのも、ときに、じつに酷薄なものだと思う。








 

桜の春、そして野の花々…『沈黙の春』の〝嘆き節〟にだけはならないでほしい

-No.1305-
★2017年04月18日(火曜日)
★《3.11》フクシマから → 2231日
★ オリンピック東京まで → 1193日























◆4月3日二~三分咲き、6日六~七分咲き

 ぼくが住む町田にも、いくつか花見の名所があって。
 近いところでは恩田川沿いの桜並木。
 都心では花見頃、桜満開のところもあるとの報らせに誘われ、散策にでかけた。
 前日のぽかぽか陽気に期待したわけだが…。

 蕾はふっくら、紅をさしていても、開花は二分か三分咲きといったところ。
 気のはやい花見客たちに混じって歩いてみたけれど、やっぱりどうも、いまひとつ興がのらなかった。

 水辺に降りたコサギの、黄色い指先がまだいかにも冷たそうだった。
 ヒヨドリにも気のはやいのがいて、開いた桜花に嘴を寄せ蜜を吸っていた。
 羽色の地味な野鳥だが、波うつように飛ぶ姿がかわいい。

 三日後の6日、あらためて、こんどは国際版画美術館のある芹ヶ谷公園へ。
 この日は、花見弁当や敷物持参の家族連などが三々五々集って。
 桜も六~七分まで開くと、風にそよぐ風情もこよないものになる。

 「満開」といわれると、人は”花に嵐”を想って心せかれてしまうわけだが。
 気象予報官の見たてる満開は、じつは八分咲きくらい。だから、あわてなくてもまだ、風にはらはら散ることもない。

 版画美術館のある公園への道には、ハナモモが濃いめのピンクに頬を染め、菜の花が斜面を黄色く染めていた。
 なるほど花見は桜だが、ほかにもある春の花、野の春のきざしをあれこれ感じながらの散策も、なかなかにいい。
 
 スケッチブックを広げた絵画グループは、真っ赤なシャクナゲの花に惹きつけられ。
 幼な児は花ニラの園に戯れ、水の流れに遊び。
 山かげには、ヤシャブシだろうかハンノキだろうか、花のあとの緑の簾を垂れていた。

 それにしても……

 気のせいか、このごろの桜花に、命あふれ萌えいずる勢いがもうひとつ感じられない、色も年々薄くなる気がする。
 この花の色の衰えについては、見る眼の加齢によるせいだ…といわれるが、どうもそればかりではないようだ。
 日本の桜樹が、総じて歳をとってきていることもあるのだろう。

 都市部の桜には、生育環境の悪化、病虫害の影響もあって樹勢が衰えてきている、とする指摘もある。
 桜樹を食害するクビアカツヤカミキリという外来の昆虫が、2012年以降、各地で発見捕獲されており、この虫はバラ科(桜・梅・桃など)を好み、しかも食欲きわめて旺盛、繁殖力もつよいという。
 早急に対策をとらないと、将来、花見ができなくなる怖れもあると、専門家は警鐘を鳴らしている。

 ぼくの見た限りでは、食害の証拠となる木屑や糞は見られなかったけれど。
 かつてのマツクイムシの被害と同様、食害された桜樹は伐採しないといけない、という。

 ことしは、東京の桜がいち早く満開になったいっぽうで、暖地鹿児島の開花が遅れ、それは気候の温暖化によるものだという。
 つまり、夏から秋冬の寒冷期を経てこそ実感できる春の訪れ、四季のめりはりといったものが薄らいできている所為だと。

 せっかくの春の気分が、なんだか嘆かわしことになってきた……
 








快生やすみ…いただいてます

-No.1304-
★2017年04月17日(月曜日)
★《3.11》フクシマから → 2230日
★ オリンピック東京まで → 1194日

北朝鮮の「銅像ビジネス」というちぐはぐ感…/  世界中にイライラ募らせる困りもの国家の行く末

-No.1303-
★2017年04月16日日曜日
★《3.11》フクシマから → 2229日
★ オリンピック東京まで → 1195日



◆「北朝鮮銅像ビジネス」

 …というタイトルの、なんとも現実とのちぐはぐ感つのる記事(東京新聞論説委員のワールド観望)に、目を吸いよせられたのは昨年も暮れ、12月20日のことだった。

 ジョージ・W・ブッシュ元(第43代)アメリカ大統領から「悪の枢軸」「ならず者国家」と罵倒された国は、現在の金正恩キム・ジョンウン体制になっても、箸にも棒にもかからぬ国際社会の超ヒンシュク国家にかわりなく、国連のいかなる制裁決議をもってしても、もはやどうにもならぬ、お手上げ状態。

 さらに日本人民にとっては、横田めぐみさんをはじめとする拉致被害者という人権・人道問題の根も深く、長いあいだ暗礁にのりあげたまんま。

 国家相手とは別ということで、疲弊に喘ぐ人民への人道支援は行なわれたものの、その実効は確かめられず、ちゃんと届いたのかどうかさえ疑わしい。
 いずれ自滅の道しかないはずの国家が、いまだにありづづける閉塞感……
 
 そんな絶望的な膠着状態に世界中を巻き込み、いい気なひとりよがり舞台上の北朝鮮

 対する国連安保理、核実験やミサイル発射に対する新たな制裁決議に、「北朝鮮による像の輸出を禁ずる」の一項があったというのを、スミマセンぼくは露知らずにいたわけで。
 平壌ピョンヤンの高台にあって高さ20メートルを超えるという、金日成〔キム・イルソン〕金正日キム・ジョンイル父子の銅像が想いだされて(ははぁ)と唸るばかりであった。

 論説委員の記事は、そこから説きおこして「北朝鮮が造る銅像はデキがよいと人気があるようで、海外から注文が入る」、それで得た外貨が核やミサイル開発に使われていると見なされたものだと、指摘する。

 そこで、しかしボクは首を傾げる、あの像はそんなにいいデキだったろうか?
 まぁ民族的には、漢民族も日本人とおなじモンゴロイド系(黄色人種)だから、手先・手技はたしかに器用なのであろうが、でもねぇ……
 あの程度は、日本ならごくありきたりなのではないか。

 国家直営の工房、万寿台〔マンスデ〕創作社を見学した同記者は、銅像ビジネスの得意先はアフリカ諸国だと報じており、たとえばセネガルボツワナナミビアコンゴトーゴなどの国々から引き合いがあることを伝えていた。

 さらに記事は、アフリカで現地調査にも携わる大学教授の観点として「北朝鮮社会主義リアリズム文化が写実的でしかも壮麗な作品を造る」とつづくのだが。ゴメンナサイ、ぼくには理解がとどかない。
 それよりもむしろ、つづけて指摘のあった「アフリカには、民主化してもじつは独裁体制の国が少なくない」という説明の方がはるかに説得力があった。

 そういうことなのであろう、つまりはシンパシーなのだ。
 おなじ後進性にあえぐ民族・国家として、欧米系(日本もこのなかに含まれる)諸国相手にはもちえない親近感があるにちがいない。
 そうしておそらくは、お値段も格安、それがなによりの強みなのであろう。

 (そうか…)とボクは、そこで思う。
 北朝鮮ビジネスというのは、じつは国のビジネスというほどもない、その実は市町村レベルの寄せ集めなのだな、と。
 その程度の稼ぎを、核開発だのミサイルだのに貢いでしまえば、人民にはおこぼれさえも届くまい。 
 そんな国家が無謀に突っ張りまくるのは、それだけが政権を死守する手段であるからだろう。

 結局、その記事は、万寿台創作社の活動拠点は北京とイタリアにもあるので、そこが制裁の抜け穴になるのではないか、との懸念を伝えたうえで。
 先に死去したキューバカストロ国家評議会議長の遺言「自分の銅像や記念碑はいっさい造ってはならない」を引用、同じ社会主義体制ながら、闇雲な個人崇拝路線を暴走しつづける北朝鮮との違いを指摘しておわる。
 さすがに、記事の仕上げはウマいものだったが。

 ……………

 この記事の切り抜きをボクがとっておいたのは、このような北朝鮮国家のむちゃくちゃなありようと、それに対して「断固容認できない」と「厳重抗議」のお題目を唱えるばかり、いっこうに実効を挙げられない国際社会に、もうずいぶん前から地球上のすべての人々が落胆の我慢をしいられつづけ、しかしそれもそろそろ限界に達してきている、からだった。

 そんな折も折、マレーシアで起きた金正男キム・ジョンナム氏毒殺という、ふざけた一幕が、見えない導火線に火を点けた。
 理由はどうあれ、実兄を闇に屠った冷酷無比の所業を、世界中の白日の下に曝してしまったことは、あまりにも効果が大きすぎた。

 アレコレすったもんだはあったけれども結局、事件への関与が疑われる人物の身柄を、正男氏の遺体とともに引きとることに成功した北朝鮮は、またいつものとおりの、やらずぶったくり、ウヤムヤ幕引きに成功。
 …と思ったら、こんどはどっこい、トンデモナイかも知れない。

 敵視しつづけてきたアメリカ側の陣営は、じつは”民意の風向き”を見ている。
 複雑怪奇な”しがらみ”絡まりあって、どうにもならない多重ディレンマの渦中。
 踏みにじってやりたいヤツを相手に、必要なのは武器よりも民意の支持だ。
 コトを起こしナシトゲても、避難されてはモトモコモない。

 いま、ポピュリズムにコーティングされた導火線の炎には不穏な勢いがある。
 キナ臭い、いやなニオイに鈍感ではいられない。

 シリアという、もうひとつ別の火種も、すでに火を吹いており。
 トランプ政権もまた、「オレだ、オレだ、オレだ」の突っ張りタイプ、北朝鮮にひけをとらない。

 しかし。
 なにがどうあっても、戦争という愚の骨頂の結末、いやというほど身に沁みている日本人民としては、ここはいまがいちばん忍耐のしどころ、自国がどうあるべきかの思案のしどころ。
 北朝鮮のすぐ対岸に、つまりトランプ・アメリカ軍の最前線にあってみれば、とうぜんのこと……

「やんばる(山原)国立公園」が〝やばい原〟…にならないことを望む

-No.1302-
★2017年04月15日(土曜日)
★《3.11》フクシマから → 2228日
★ オリンピック東京まで → 1196日








◆やんばる国立公園

 「奄美群島国立公園」が誕生したのは3月7日、関連記事の投稿は4月9日だった。
http://blog.hatena.ne.jp/sashimi-fish1/draft-scat.hatenablog.com/edit?entry=10328749687232012317
 その前、昨16年9月15日には沖縄本島北部「やんばる国立公園」の指定があった。

 その謳い文句は、沖縄県国頭〔くにがみ〕村、大宜味〔おおぎみ〕村、東村にまたがる面積(陸・海域を含む)1万7000ヘクタール。亜熱帯照葉樹林の「やんばるの森」にはヤンバルクイナノグチゲラなどが棲息、海岸にはマングローブ林や石灰岩の崖といった景観が広がる、という。
 のだ…けれど。

 なにしろ”オキナワ”のいまは、あのとおり「辺野古」のことがあり、さらには「やんばるの森」ヘリパッドのことがあって、それどころじゃないはずなのに国は、臆面もなく、いや、あてつけがましくも、問題の地に国立公園をおしつけた。
 これで帳消しにしたい、のであろう。やることがイチイチ姑息だ。

 だからボクは、そのときはてんで、とりあげる気にもなれなかった。
 ……のは、国立公園指定区域を示す地図というのが呆れたことに、米軍北部訓練場をすっぽり抱えこんでおり、つまり、緑のパズルの一片が空白に抜け落ちているのだ。しかもそのワンピースというのがドデカいときているから、傷は深い。
 それだけでも「えぇ~っ」事態なのにもかかわらず。

 問題だと思うのは。
 奄美群島奄美大島・徳之島ほか)とこの「やんばるの森」を含む沖縄本島北部と西表島が、「奄美琉球」というくくりで世界自然遺産登録を目指すという。
 「そんなのって有りかョ、マジで?」
 いまの若者コトバでいったら、そうなる。

 軍事訓練場を抱えこむ地域がでアル、自然遺産登録を申し出るようなことが許されるとしたら。
 「国際平和」と「人類の福祉」を目指すユネスコも、ずいぶんナメられたことにならないか。

 地元には観光振興にかける期待がある。
 それはわかるが、いっぽう、登録の障害になることを懸念する声があるのも、とうぜんだろう。
 「北部訓練場の部分返還」をもってヨシとするのは、それは日本政府の身勝手にすぎず「ヒドすぎる」と、他国から指摘されても仕方がないし。ましてやユネスコの理念からすれば「呆れた所業」でしかない。

 万々が一「近い将来の自然回復を期待」して登録というようなことがあったとしても、世界的に稀有なイエローカードもののケースとして長く記憶されることになるのではないか。
 「やんばる」はもともとが「山原」であって、けして「やばい原」ではなかったのだから。

 ……………

 つい最近、その「やんばる」の自然ドキュメントがNHK・BSで放送された。
 (もちろん訓練場やヘリパッドがらみの映像は含まれない)

 まず、そこは、ヤンバルクイナ(国の天然記念物、環境省レッドリスト絶滅危惧種)とノグチゲラ(国の特別天然記念物環境省レッドリスト絶滅危惧種)の天国と紹介される。

 ヤンバルクイナは、飛べない、けれども木のぼりはできて。夜、樹上でやすむのはハブに襲われないための用心。ハブも木にのぼるけれども、ヤンバルクイナはもっと高い樹上の枝にいる。

 ノグチゲラの方は、キツツキ(の仲間)でありながら、地面に下り、地面を突ついて堀り、なかの虫を喰う。
 それは、天敵らしいものが見あたらないからだと、紹介される。

 大型哺乳類がいない「やんばるの森」で、生態系の頂点に立つのは大型ヘビの、ハブとアカマタ
 ハブは毒牙を武器にする乱暴者、アカマタもまた無毒ではあるが、その気性きわめて荒く。
 夜行性のヘビどもは森を出、浜に下りて砂に潜り、ウミガメを餌にする。卵も喰えば、卵から孵ったばかりの仔も喰らう。

 赤外線カメラがとらえた映像で、ヘビどもが欠伸でもするように口を大きく開く態〔さま〕が紹介され、それにナレーションがかさなる。
 「これは鱈腹食べたあと口顎の筋の具合をたしかめているのです」と。

 ボクは、砂の中のデキゴトを想ってマユを曇らせつつも、自然〔じねん〕の妙とその豊かさに舌を巻く。
 この「やんばるの森」が、どっこい生き抜いて人の世に警鐘を鳴らせるか、はたまた”やばい原”になり果ててしまうのか。
 ボクは、まだ見ぬヤンバルクイナノグチゲラ乱暴者でキライではあるがヘビどもに、心の底からのエールをおくる……



 
 



 

 
 

快生やすみ…いただいてます

-No.1301-
★2017年04月14日(金曜日)
★《3.11》フクシマから → 2227日
★ オリンピック東京まで → 1197日



 12日。
 歌手のペギー葉山さんが亡くなった。『南国土佐を後にして』が大ヒットしたけれど、ぼくにとっては『学生時代』のシンガー。伸びのあるパンチのきいた歌唱が、好き嫌いの域を超えていた。
 おなじ日、フィギュア・スケートの浅田真央が現役を引退。「真央ちゃん」に、ほかに言葉はいるまい。引退会見でも、その振る舞い、プリンセスのようだった。

ハブ…という蛇のイヤラシさは〝丸呑み〟の芸にあり/しかし…その分布のダイナミズムには息を呑む

-No.1300-
★2017年04月13日(木曜日)
★《3.11》フクシマから → 2226日
★ オリンピック東京まで → 1198日



◆4月9日、日曜日の記事で…

 アマミノクロウサギの天敵として、毒蛇ハブのことにちょこっとだけ触れた。
 毒がなくてもボクは蛇を好かない、ましてや猛毒で攻撃的な蛇には身の毛がよだつ。
 そんな蛇がスキな人がいることはショウチしいるし…それで偏見などしたくないのだけれども…でもやっぱり、ついケイカイしてしまう。

 食性が動物食で、小型哺乳類のネズミを主食とするのは、まぁいい(どこが…? 身勝手な!)として、鳥類から爬虫類、両生類から魚類までほとんどなんでもござれ、人畜まで襲い。
 咬まれたらすぐに血清をうたないとアブナイ(死にいたることもある)といわれる。

 「へび」の名は「はみ(丸呑み)」からきているとかで。
 なかでも有毒なのを「はび」と呼んだのが、ハブの語源であろうとする説もある。
 動物の生身も喰うが卵も好物で、みずからも卵生。
 で、生まれた子は赤ん坊のときからすでに毒をもち。
 変温動物で寒いのは苦手なくせに、おとなしく冬眠をすることもない、ときている。

 夜行性でありながら、涼しければいいョというのか、森や林の木陰、草陰、石垣の陰、墓場などには昼間からひそみ隠れ、木登りまでして枝で待ち伏せ、水辺や砂浜には日の暮れる頃から涼みにきて、ザワワ…のサトウキビ畑なんかも居心地がいいらしい。
 鞭のようにしなる俊敏な攻撃がジマンで、咬みつくとすぐ大きな毒牙を突き立てる。
 そのときの襲われる状況描写を、現地の人たちは「ハブに打たれる」と、なんとも適格に表現する。

 ぼくが若き日、奄美大島のすぐ手前、吐噶喇〔とから〕列島の宝島にひと夏をすごしたことは前にも書いたが。
 その島で、ボクらを震えあがらせたトカラハブというのは小型の近縁種。毒もホンハブにくらべたらまだましといわれた。マシでもイヤなものはイヤだ。

 現実に、島のハブ獲り人のなかには何度も「打たれ」たせいで、自身に毒の影響と思われる後遺症があるほか、複数のわが子にも障害が認められる例があって、その評判がいよいよ恐怖心をあおった。

 こんなふうに、まったくいけ好かないハブだけれども。
 南西諸島に見られる”飛び石状”の分布、というのを知らされたときには、妙に心がさわいだ。

 どういうことか……
 地図を見ていただくと、よくワカルのだが。

 まず北から、上述したトカラ列島に近縁種のトカラハブ、奄美群島沖縄諸島に(ホン)ハブとヒメハブ八重山諸島にサキシマハブが棲息するが、宮古諸島には棲息しない。
 さらに細かく見ていくと、奄美大島、徳之島(いちばん攻撃的なハブで知られる)、沖縄本島にはハブがいるが、その間の沖永良部島与論島にはいない。
 沖縄本島周辺では、伊江島伊平屋島には棲息するが、その間の伊是名島には棲息しない。
 久米島、渡名喜島にはいるが、粟国島にはいない。
 慶良間諸島でも、渡嘉敷島には棲息するが、座間味島には棲息しない……

 このように点々と棲息する状況は、(仮説だが)間氷期の海進によるというのである。
 この南西諸島には大別して、最高点でも標高100ほどしかない低い島々と、それより高い島々とがあって。
 まず、氷河期に陸つづきだった琉球列島にハブが分布。
 つぎに、間氷期になって海面が上がると、島々は孤立。
 さらなる海水面の上昇で、低い島は水没することになって陸上動物は絶滅。
 つづいて海水面が下がると、低い島もふたたび海面上に現れたが、ハブは渡って来られなかった……

 というのである。
 なんと、むかしならジオラマ、いまどきならバーチャルな仕掛けを見るように、どきどきわくわくにドラマチックではないか!