どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

快生やすみ…いただいてます

-No.1399-
★2017年07月21日(金曜日)
★11.3.11フクシマから → 2325日
★ オリンピックTOKYOまで → 1099日

〝世界の新種トップ10〟に日本から初名乗り/手抜きしない職人気質…アマミホシゾラフグ

-No.1398-
★2017年07月20日(木曜日)
★《3.11》フクシマから → 2324日
★ オリンピック東京まで → 1100日

*梅雨が、関東地方では昨日、あけた。ザッとひと雨、驟雨のすぐ後に…といえばカラッと文句のつけようもない、ところなのだが、ことしはどうも様子が異なる。ジメつく梅雨の雨なんかキライさ…と言いつつも、あってあたりまえのものがナイのはヨクナイ気分なの。ほんと人間なんて勝手でどうにもしようのないもんダ*





◆〝ミステリーサークル〟の主

 それは2012年の秋9月。
 東北の被災地は《11.3.11》から1年余、まだ混乱のさなかにあって、ぼくたちもとりあえず夢中でいるしかなく、春・梅雨どき・夏と1年に都合3度の巡礼をかけまわった。
 その余韻もようやくおさまってきた頃だった。

 澄んだ海の底(といっても深いところではない陽の光が十分にとどいている)、砂地にパステル画か印象はふうの筆致に見える円形の模様が浮き上がり。
 間もなくその空間に、小ぶりなフグ体型の魚が入って来る、パッチリした目に満足感がうかがえる。
 なんとも愛らしく、ほほえましくて、つい微笑を誘われ、ジッと見入ってしまう。

 番組はNHK『ダーウィンが来た! ~生きもの新伝説~』、「世紀の発見! 海底のミステリーサークル」。
 日曜夜のニュースと大河ドラマの間という、ゴールデンタイム帯の人気放送だ、ご覧になった方も多かろう。

 〝海底のナスカ絵〟 という見方もあったが、ぼくの連想イメージは「小鹿田〔おんだ〕焼き」に飛んだ。
 愛好家も多い大分県日田市の民窯陶器、その「飛びカンナ」と呼ばれる独特の削り模様にそっくりに見えた。

 魚にも造形感覚があることは、ぼくも知っていたけれど、これほどの芸の細かさは驚きだった。
 ほぼ正確な円形をつくれること、放射状に約30本ほどの筋模様を、これも一定の角度での美観をもつこと。芸術家というより職人気質を思わせる。

 この造形をするオスは、胸鰭や尾鰭をふるわせ、砂を掃くことで仕事を達成する。季節は春から夏にかけて、制作におよそ1週間。
 円形の大きさは直径2メートルくらいあるらしい。
 それは一徹に丹念な仕事ぶりであり、邪魔になるゴミのような存在も許さず、口に咥え円の外に排除する。

 もちろん他者の闖入も断固としてこれを許さないのは、この劇場が巣であり、円形の中心部は着卵床だから。
 オスは誘いにのったメスの首のあたりをやさしく噛んで、サークルの中心部へといざなう。メスが砂地に産んだ卵は砂粒に付着して流されることなく、1週間くらいで孵化するが、その間、新鮮な水を鰭で扇ぎ送るのはオスの役目。
 オスはこの愛の巣にメスを誘い、卵を産んでもらわなければならない、そのためには美しくなければならず、したがって無事、繁殖がすめばその後は不要なもの、捨てて顧みられることもないのだった。
 
 この不思議な海底模様は1990年代からダイバーたちに知られ、ただ、ナニモノがナンのために作ったのかが謎であったという。
 それを伝え知ったNHKが、本種フグの仲間のオスが作る巣の撮影に成功したわけである。

 この撮影に協力した国立科学博物館の松浦啓一博士(フグ目分類の第一人者)が〝新種〟と確信、論文を執筆して発表したのが2014年。
 だから放送の時点では、これは「フグの一種」であって、まだ名はなかった。

 アマミホシゾラフグ。
 命名のこまかい経緯をぼくは知らないが、体長15cmほどの白く細かい水玉模様が特徴だから、いい名をもらったと言っていい。
 研究者によると「白い斑点をもつフグで図形を形成する唯一の種」ということになるようだ。

 その後、国際生物種探査研究所(ニューヨーク州立大学)が毎年発表する「珍しい生態などからとくに注目すべき新種トップ10」に選ばれた、という記事に接したのが2015年5月。
 (ちなみに年間に報告される新種生物の数は1万8千種という…これも驚愕の数値だ)
 日本から報告された新種がトップ10に選ばれるのは初めてで、しこもこの年にもう1種、ハナビラミノウミウシの仲間も選ばれたので、一気にダブル選出の快挙でもあった。

 さて……
 こうした感動的ないい話しのあとに、まことにキョウシュクながら、ぼくはの好奇心はすでに、つぎの興味の道を歩みはじめる。

 アマミホシゾラフグには、毒があるのだろうか。
 アマミホシゾラフグは、食べられるだろうか、どんな味わいであろうか。

 すいません、ごめんなさい……



*なお、この項については、奄美大島南部、瀬月内町の「せとうちなんでも探検隊」ページにくわしい絵解きがあるのでご紹介しておきたい。アマミホシゾラフグの写真もそこから拝借させていただいた*
www.setouchi-bunkaisan.com

大田昌秀(元沖縄県知事)さんの死、そして…/  旧日本海軍(大日本帝国海軍)の水没潜水艦

-No.1397-
★2017年07月19日(水曜日)
★《3.11》フクシマから → 2323日
★ オリンピック東京まで → 1101日

*ここ10日ほど猛暑との〝我慢くらべ〟がつづいて……それが昨日、昼すぎ、ふと空が翳ったかと思う間もなく、呆気なく空が〝根負け〟したといわんばかりの驟雨、雷鳴もまじえ、とぎれとぎれに夕方まで。気が抜けたみたいに気温も10度ちかく下がって、久方ぶりの涼しい眠りにつけた。それが……ナゼか、まんまと肩透かし喰らった感じ、てんでオモシロくもない今朝のボクだった*




◆「平和の礎」建立時の沖縄県知事

 6月23日、沖縄慰霊の日。
 この日から終戦翌日の8月16日(1945年のこの日ボクは生まれた)までは、ぼくにとっても格別な〝遠い声〟を聞く1ヶ月半ということは、前にもお話した。

 ことしは例年にも増して印象ふかいものになった、沖縄慰霊の日。
 沖縄平和祈念公園の「平和の礎〔いしじ〕」を訪れた人たちからは、大田昌秀さんの死を惜しみ、悼む声が多かった。
 国籍・人種を問わない戦没者20万人ひとりひとりの名を刻んだこの慰霊碑は、大田元沖縄県知事の在任中1995年6月23日に建てられている。
 (同じ年に起きた米兵による少女暴行事件が、基地問題に苦しむ沖縄県民の怒りに火をつけていた)

 その大田昌秀さんは6月12日、92歳で亡くなっていた。逝去の日が、奇しくも誕生日であった。
 みずからも沖縄戦に学徒動員されて奇跡的に生還、90年から2期8年沖縄県知事を務め。
 沖縄県知事として米軍基地問題解決に取り組み、反戦平和にも尽力した。

 大学紛争にまきこまれた学生時代、全共闘世代の挫折と脱力感をあじわっていたぼくらは、この大田知事の存念ゆるぎない動静に、たしかな存在感に心うごかされ、「大田さんはいいね」「どっこい沖縄は生きてるね」気ごころ知れた友と語りあったものだった。

 米軍普天間飛行場宜野湾市)の辺野古名護市)移設に反対をつらぬき、反戦平和を訴えつづけたことでも、いまの翁長雄志知事にとって得がたい先人、まさしく〝県民のリーダー〟であった。

 ……………

 しかし、そんな大田さんでも、目指した3期目の選挙では経済振興を訴えた保守系候補に敗れている。
 〝オール沖縄〟とされる現在の翁長知事もいま、民意を聞く県内選挙での劣勢に悩んでいる。
 それもこれも、「本土の捨て石にされた」沖縄のゲンジツのあらわれ。

 ぼくらは、こころのうちに知っている。
 日本という国のために〝揺さぶられ、揺れつづけてきた沖縄〟だった。
 そしていまもかわらず〝揺さぶられつづけるオキナワ〟がある。

 大田元沖縄県知事は言った。
「本土が沖縄の痛みをみずからの痛みとして感じてくれれば」

 ……………

 大田さんの死の、少し前。
 ひとつのニュースが庶民の耳目を驚かせた。

 五島列島長崎県)沖の東シナ海、水深約200mの海底から、特殊ソナーによる探索で旧日本海軍大日本帝国海軍)の潜水艦が発見されたという。
 これは第二次世界大戦後にあった敗戦国処分、そのひとつとして連合国軍総司令部(GHQ)によって沈没させられた計24隻の潜水艦だったわけだから、その意味では発見というより確認だったわけだが。

 衝撃だったのは、撮影されたそのうちの1隻が、海底に突き立っていたことだった。報告によれば、半分に折れた艦体の半分にあたるそうだけれど、それにしても70年以上の時を経ていま、である。
 白日のもとに亡霊を見るようであった……

 今後、詳細な調査が行われる予定という。
 それはいいけど、またぞろ、これを引き上げて保存なんて話に発展したりしないか、ぼくはそっちの方が気がかりだ。
 なにかとリクツをつけてヨケイなことしたがる、人間のいちばんよくないクセだ。

木製「フォト・パズル」をつくることになった/  2017この夏の”木工ワークショップ”

-No.1396-
★2017年07月18日(火曜日)
★《3.11》フクシマから → 2322日
★ オリンピック東京まで → 1102日







◆ようやくアイディアがまとまり、試作品ができた

 この夏18回目を迎える《11.3.11》東北巡行。
 大槌町、大槌和野。仮設支援の「和野っこセンター」で恒例となった〝木工ワークショップ〟、ことしの作品(上掲の写真)だ。

 長くつづいてくると、ネタづくりも楽じゃなくなってくる。
 初心の方々に、なるべく道具づかいのむずかしくない、できるだけ作り方もやさしい、手ごろな大きさのモノ、しかもそれなりの達成感があじわえるモノ、を考える。

 ふだん在京のカルチャ-センター、木工教室でこの春。
 ひとりの方(女性)が「孫にパズルを作ってあげたい」というので、一緒に材料から作り方まで検討のうえ、なんとか仕上げてもらったことがある。
 これまでで、もっとも小さな作品、仕上り寸法10cm角にもならない。
 たしか「数字パズル」と言ったかと思う、1~9の数字が書かれた駒を動かして並べ替える、古典的な遊び。

 細かい作業には肩が凝ったようだ…が、「このテはつかえる」ヒントをもらった。
 
 これをもとにアタマをひねって、考えだしたのが「フォト・パズル」というわけだ。
 子どもと遊んでもいいし、ワンポイントの飾りにもなる。
 1コマの大きさを30mm角と拡大、タテ4コマ×ヨコ5コマのパズルに仕立て。
 ノーカット判フィルム・ラベル用紙に印刷した絵柄を貼ってから、1駒づつに切り分ける。

 パズル台紙は5mm厚の丈夫な板紙、枠材と駒材にはヒノキの板を用い。
 道具はノコギリとカッターナイフに、サンドペーパーと定規、あとは工作用のボンドだけ。

 はじめから、必要な材料・道具などすべて持参、参加費無料の集い。
 これほど手軽に開催できることは、おそらくもうない、かも。助かる。

 さっそく、毎度お手伝い参加くださっている大槌と釜石のSさんコンビにも、材料類を送って試作をお願いした。
 お二人は当日、みずから試作した作品を見本に持ってきてくださることになっている。

 この夏の巡行、都合があって出発は8月下旬。
 いつものように北海道まで脚をはこんで、帰京は9月中頃になる。
 これから……
 そのスケージュールづくりに、とりかかりマ~ス!
 



 

快生やすみ…いただいてます

-No.1395-
★2017年07月17日(月曜日、海の日
★《3.11》フクシマから → 2321日
★ オリンピック東京まで → 1103日

〝科学〟は友だち〝神〟信仰するものではない/  災害〝自衛隊〟と国土〝防衛隊〟は別個に

-No.1394-
★2017年07月16日(日曜日)
★《3.11》フクシマから → 2320日
★ オリンピック東京まで → 1104日




筑後川上流域からの被災映像

 …が衝撃的だったのは、濁流に流されてきたのが間伐材クラスではなくて、りっぱに製材できる太さの大木ばかりだったこと。
 それらがあっけもなく根こそぎにされた脅威、谷すじの支流小河川が軒並み連続崩壊したこと、巨木の流木がダムとなって川の流路を曲げ、溢れて洪水の二次被害を起こしたことでした。

 しかし、これはたしかに稀に見る大ごとではあったけれども、初めてでも他に類例を見ないことでもない。
 こんどの北九州豪雨(7月5~9日?)のような事態の予測は、専門家すじから指摘されてきました、けれども。
 また、こんども、まにあわなかった、対策できなかった……

 〝減災〟対策、基本の〝基〟。
 土砂崩れや洪水などの自然災害があるたびに、やかましく言われる〝避難〟ですけれども。
 その懸命であるはずの行為に、どこか他人ごとのような、あるいは現実離れした空気が漂って、いっこうに覚悟の腰が定まらないように思えるのは、ナゼか。

 もちろん。
 あえて言うなら、こうした自然災害ではある程度までの被害はやむをえない。
 それはワカッタうえで、だからこそ、もっと人の心に、気もちのうえでナットクのいく対処であってほしいわけですが。
 どうもその辺が、これほどの災害列島で、いやというほどの経験をかさねてきたにもかかわらず、いまだにシックリと胸におさまることがない。

 ざんねんながら、「解決策はコレだ」と言える決定打はない…わけですが。
 気がかりなことから、ひとつひとつ解決していくことを、考えてみたいと思います。

◆〝公〟の努力、〝個〟の自覚と結束

 災害報道。たとえばNHKのテレビで時々刻々に伝えられる現況と現地への呼びかけ。
 たしかに、それはそれでいい、のですが。

 首を傾げてしまうこともある。たとえば、
 「地元自治体の避難情報(避難準備、避難指示など)に従ってください」と呼びかけるいっぽうで。
 「みずからの判断で安全の確保を心がけてください」と言う。

 「とうぜん」かも知れないけれども、正直「どうしろってんだ」という思いもある。
 危機に直面して冷静ではいられないときに、さらに迷わされては堪りません。

 まず、自治体からの情報発信じたいが、遅れたり的はずれだったり、することがある。
 また、「危険なところには近づかないで」と言うけれど、屋内に籠り隠れていたのでは外の状況は知れない。
 どれほど危険か迫っているかの判断も、究極、鋭い感覚に加えて、危険を察知できる間近、間際にあってこそ可能です。

 つまり、こういうことではないのだろうか。
 〝公〟の減災への努力と向上は必然として、もうひとつ、〝公〟は〝個々〟に対して、無責任ともいうべき出来ない〝保障(保証)〟を口にすべきではない。

 それは、とうぜん〝個〟にも〝個〟の自覚がなければならない、ことを意味します。
 頼られたい〝公〟と、頼りたい〝個〟、の悪循環をヤメにすること。
 畢竟。
 〝個々〟を守れるのは〝個々〟だし、〝個々〟を力づよくできるものは〝結束(グループ化)〟しかありません。
 それは、こんどの北九州豪雨でも立証されました。

 〝人のすることに絶対はない〟のだから、ならばそれを、コトバだけでなく気もちに直に訴えかけるカタチで、なんとか胸奥にまで沁みこませること、その方法と実践の試みをつづけていくほかないと、あらためて思います。

気象庁〝特別警報〟の在り方と表現について

 こんどの北九州豪雨は〝線状降水帯〟とか呼ばれるものが招いた災いですってね。
 そんなこと、つゆ知りませんでした、ぼくたち。

 気象庁の、日頃の精勤と努力には感謝しています、けれども。
 どうも、ふだんからの、報道機関や自治体さらには国民一般に対する周知徹底が不十分に思えてなりません。

 たとえば、こんどの北九州豪雨。
 気象庁の〝特別警報〟画面を見ていて、ぼくは混乱させられました。
 おなじ思いをした方も、きっと少なくなかったでしょう。

 それは、地図に〝警戒の度合い〟を色分けで表示するもので。
 メッシュ仕立てはいいのですが、問題は色づかい。
 最高警戒地域が「紫の濃淡」だったのが混乱の素。まったくの違和感でしかなかった。
 じつは、警戒レベルはその下の「赤・黄色」の方が、見た目に〝もっと危険〟と認識されてしまう。これでは逆効果だ。

 いうまでもない、ぼくら多くの人はふつう、信号の「青・黄・赤」の感性に馴染んでいる。
 まさに「ゴー(青)、ストップ(赤)」であり、「注意せよが黄」であった。
 なお付け加えれば、「紫」は「高貴の色」であって、「警戒あるいは危険」とは縁もゆかりも無いのデス。

 気象庁に、そうした一般人の感性に留意することがあったのか、どうか。
 真面目な方々の思いこみで、細かな検討がおそろかになったのではなかろうか、どうもそう思えてならない。
 〝独自性〟はケッコウなんだけれども、公共性のきわめて高い分野のことだけに、わかりやすさを最優先に考えてほしい。

 緊急の場合だけに、判断を惑わせる〝違和〟はコマル。

◆〝科学信仰〟をヤメたい

 …などと言えば、つよい反論は目に見えている。
「科学が万能ではないことは自分たちがいちばんよく知っている、そんなばかなことがあるものか」
 と、学者さん研究者さんたちは仰るにちがいない、けれども。

 庶民一般はいうまでもなく、事実報道であるべきマスコミなんかにも、科学〝信仰〟というか少なくとも科学〝万能〟の気味がある。
 いま、この発言をしているボクなどにも、正直。
 (なんだ、もっと進んでるとばかり思ってたら案外まだまだ、遅れているんだなぁ)と思うことがある。
 これが、そもそも科学〝万能〟の気味。わる気はない、のですけれども。

 じつは、以前〝地震予知〟はまだ無理…とわかったときに一度、ぼくらは科学〝万能〟の呪縛から解放されたはずでしたが、とんでもない。
 たとえば前記、気象庁の予報に対する〝依頼(信頼)心〟にも、〝万能〟願望が、ひいては科学〝信仰〟が窺えます。

 日本民族は、欧米民族などにくらべたとき、ややもすると信仰心がうすいように言われたりもしますが、とんでもない。
 基本的には、自然を相手に〝八百万〔たおよろず〕の神〟とも呼ぶほど、純な信心がある。その心根が、西欧の近代的科学文明に出逢っても、かたちをかえて脈々と伝わっている、といっていいように思います。

 しかも、そのいっぽうでは〝情報社会〟信奉のせいか、みずから〝科学する心〟は弱まってきているようでもあります。

 この習慣は、いちど、きっぱり断ち切っておくのがよい、のではないか。
 
 ひとつ、日本学術会議あたりが先頭にたって、この〝科学信仰〟もどきから国民を目覚めさせる処方をと、切望するものです。

◆〝自衛隊〟と〝防衛隊〟

 こんどの北九州豪雨被害でも、救援派遣を依頼された自衛隊への信頼感には、抜群のものがありました。

 《11.3.11》以後、さまざまな識者たちから意見、提言、指摘、箴言あいつぐ〝自衛隊〟の在り方について。
 もういちど真剣に議論をしませんか。

 いまの自衛隊には、諸事情あってハッキリ無理があります。
 本務とはされない〝災害派遣〟に、もっとも国民の信望がある。これなんかも〝オカシな真実〟ではないか。

 「誤解がある」としても、災害派遣自衛隊に憧れる若者が少なくないのも事実です。

 いろいろある他事をひとまず措いて考えれば、災害〝自衛隊〟と国土〝防衛隊〟を別組織にするのがいちばん、なのではないか。
 (これは戦争論でも戦争抑止論でもありません)
 理想論と現実論、イデオロギーのぶつかりあいでは、埒があかないことも事実なんですから。

 〝改憲〟云々は、この問題を賢く解決して後のこと…は、いうまでもありません。

ネコザメ…猫耳、豚鼻に髭、そしてネジくれ卵の不思議

-No.1393-
★2017年07月15日(土曜日)
★《3.11》フクシマから → 2319日
★ オリンピック東京まで → 1105日







◆卵の鞘がネジれるワケ

 全紙半裁くらいの大きなポスター。
 「世界の渡り鳥」とか、「珍しい動物たち」とか、「鯨類と海獣たち」とか、「ほぉ!」と見る者の目を驚かす展示画。
 そんな一枚、タイトルこそなかったけれど、まちがいなく「さまざまな卵」の図に出逢ったのは、どこだったろう。もう、覚えていない。

 けれども。
 大小さまざま、色も柄もとりどり、いわゆる〝卵〟型のオンパレードのなかに、ひときわ目を惹く奇妙なカタチの(これもナニかの卵か?)というのがあった。
 それはネジ式とでも言ったらいいのか、形状まさしくドリルそのままの螺旋状。

 この卵図には、ほかにも紐のような髭のようなものを絡ませたものとか、いかにも意味深長な窪みをそなえたものとか…ずいぶん奇妙な形が混じっていたのだ、けれど。
 まさにスポットライトがあたったごとく、子ども心を鷲づかみにしたのは右下の方の一画、そこにあったネジくれた卵であった。

 ……………

 しかし、子どものボクにとっては日々が好奇心の積み重ねで。
 この奇妙な卵のことも(ナンの卵か…すら知れなかったわけだからやむをえないが)いつのまにか、忘却の懐ふかく入ってしまった。

 それが、なんと幾十年ぶりかに、ひょんなことから、記憶の襞の隙間からヒョイと浮かび上ってきたのだった。
 それは、どこであったか、ともあれ水族館にはちがいない。

 近ごろ流行の〝ふれあい展示〟という、野外に設えられたタイドプールふうの浅い、ナマコとかヒトデとかウニなんかと一緒の水槽で、出逢ったのがネコザメの仔魚。
「さわってごらん」
 ほかにも小型の、ごくおとなしいサメたちが何匹かいたと思うが、ぼくはネコザメにひとめ惚れ。

 体型は鮫にちがいなかったが、吻(ふん=口さき)が尖っていないので『ジョーズ』みたいには畏怖感はなく、両眼の上には猫の耳を想わせる皮膚の隆起があって、そういえば名前どおりの縞々(淡褐色の地に濃褐色のストライプ)模様が親近感をただよわせて、『となりのトトロ』のネコバスみたいに思えた。

 それでも、やっぱりオソルオソル触ってみたら、(なるほどサメ肌とはこれのことか)満足と安堵の実感があった。
 なにか気になることがあれば調べる、これは子どもの頃からかわらないボクの美質(といっていいだろう)。

 そうしたら、子どもの頃に出逢ったあの不思議体験と感動の再会、となってしまったのだった。
 あの、スポットライト幻視のなかにあった〝ネジ式卵〟が、ほかでもないネコザメのものだったのダ!

 ネコザメは、成熟しても体長1メートルちょっとくらいの小型のサメで、別名「サザエワリ」。
 これは、口まわりが俗に〝豚鼻に髭〟と呼ばれるオカシな形であることとあわせて、ぼくはまだ見たことがない。〝豚鼻に髭〟は、こんど展示水槽を注意ぶかく観察しようと思う…が、サザエワリのほうは、ネコザメが夜行性であること、ぼくはダイビングをしないこと、とをあわせると実見は無理かも知れない。

 遊泳力が弱いといわれるのも、きっと食性のせいだろう。餌として狙う相手が貝類とか甲殻類とかなら慌てることはないわけだ。胸鰭で海底を歩くように移動する、という。この習性をさらに特化させたのが珊瑚礁海域に生きるウォーキングシャークというわけだろう。

 そうして、もっとも注目されるのがネコザメの生殖、ということになる。
 ネコザメは、セックスからしてアクティブ。
 オスが烈しくメスの口や首に噛みつき抱きしめるラッコほどではなにしても、魚たちのなかにだって求愛のオスがメスの首すじなどに噛みつくものがあるが、ネコザメもまたその仲間に入る。

 しかし、そこからさき産卵の場面ではオスは退場、メスだけが独占の境地になる。
 産卵の季節は、盛りの春から秋ころまで、メスは1度に2個ずつの卵を産み、それがアノ不思議にネジれた卵というわけで、これを3~6回ほど繰り返すという。

 では、ネコザメの雌は、この卵をどうやって産みだすのか?
 もちろん、マサカ、そっくりこのままの形態で産みおとされるわけではない(メスの産道が傷ついてしまう)。産卵直後の卵鞘(鳥の卵の卵殻にあたる)は淡褐色の軟らかいもの、それが数日かけて硬化し黒ずんでくるのだという。それにともなって形もネジれてくるらしい。
 つまり、ネコザメの卵は将来の仔魚ばかりでなく、卵を保護する〝外壁〟もともに、産みおとされてからも成長する。

 ここで、ネジくれ卵の形状を仔細に観察すると、元から先へいくにしたがって太くなっていることがワカる。
 ナゼ…か?
 鳥の卵を想ってみてください。

 あれも縦長・長楕円形いわゆる〝卵形〟の、丸みの太さ(厚さ?)が違っている。
 とかく卵というと、「コロンブスの卵」に連想がとんでしまいがちだ、けれど。
 鳥の卵があの形になっているのは、じつは〝卵が巣から落ちない仕掛け〟。
 それで、コロコロ転げ出ないように、たとえ転んでも〝外転〟ではなく〝内転〟するように、じつにうまくデキている。

 ネコザメの〝ネジくれ卵〟(の卵鞘)も、そういう秘かなタクラミの仕掛けだとボクは思う。
 岩の隙間や海藻の間などに産みおとされた卵は、螺旋状の襞のおかげもあって、海流に流され運ばれてしまうことがないようになっているのダ。
 
 生みおとされた仔のほうは、とにもかくにも、〝ネジくれ卵〟に守られ育まれ、約1年かけて成長を遂げ、誕生(?)するときにはメスで約18cm、オスで60cmくらいになっているという。

 どの生物のどんな卵にも、生存にかける仕掛け・秘密が凝らされているわけだが、ネコザメの場合はその究極の一例といってもいいと思われる。

◆ネコザメから、ぼくに連想されたこと

 
 「さめ肌」というのが、じつはいまひとつ、よくワカラナイ時期が長くあった。

 おろし金に、木の板の台に鮫の皮を張り、密集する小さな丸い突起で滑らかに擂りおろすことができる、ほぼワサビ専用といっていい「鮫皮おろし」というのがある。
 これに初めて触れたとき、いっぺんに「さめ肌」が実感され、あわせて、この「さめ」には掛詞〔かけことば〕のような作用があることまで一挙に感得できてしまった覚えがある。

 つまり、「さめ」は「鮫」に似かよって「冷め」であり、あるいは「醒め」であって、また「褪め」でもあるのだった。

 「さめざめ」と泣く、という表現がある。
 しきりに涙をながして泣く態をいって、もちろん声も漏れるわけだけれど、この「さめざめ」には「しみじみ」と深く心に沁みるふんいきも含まれる。なにかが引き金になるかたちで「ふと吾にかえって心の底から」泣けてしまうのがわかる。
 このときの「さめ」にも「醒め」があって、それは「褪め」をふくんで、そこには怖いくらいに「冷め」たものも内包されているのだった。

 「さめざめ」と泣くのには、「しくしく」でもなく「めそめそ」とも違った心模様の籠っているのが、いやおうなしに傍にいる者にも沁みて伝わる。
 「さめざめ」と泣くのは、きっと女性ならではの生理によるのであろう、これに勝てる男性はおろか、そつなく対処できる男は、まずない。

 「さめざめ」と泣かれた覚えが、ぼくにもある。
 そのとき彼女は、もてあまして肩を撫でるしかないぼくに、言ったものだ。
 「泣けるの、しばらく泣いてなかったからね、いいでしょ、泣けるのよ」
 
 

快生やすみ…いただいてます

-No.1392-
★2017年07月14日(金曜日)
★《3.11》フクシマから → 2318日
★ オリンピック東京まで → 1106日

進化するぼくん家の「ローリング・ストック・ディ」/中間報告-その①-

-No.1391-
★2017年07月13日(木曜日)
★《3.11》フクシマから → 2317日
★ オリンピック東京まで → 1107日



6月1日【朝食】炙りたらこ雑炊(左)、まろやか鶏だしにゅうめん(右)
*別に、+ホウレン草おひたし、サラダ、インスタント味噌汁(2)



6月1日【昼食】チキンカレー缶詰、*別に、+パン食、インスタントスープ(2)



6月1日【夕食】あえるパスタソース〈エビトマトクリーム〉、*+茹で麺、炒り卵添え

◆緊急事態の〝非常食〟にも経験がいる!?

 7月6・7日、九州北部を襲った局地的豪雨の被害に、またまた、息をのむことになったニッポン。
 怖くない災害などないわけだけれど、なにもかも流されてしまう水害には、まったくといっていいほど個人的な努力で克服できる対処法が見あたらないのが、ツライ。

 これじゃ〝非常食料〟の備蓄なんかしたってしょうがない…ことにならないか?
 いや、そうじゃない。不時への備え、わが命だいじの心がけにムダはないのだ、と思い直す。

 そこで、さて……………

 わが家で、イザそのときに備える〝非常食・備蓄食〟のストックを、無駄なく効率的にするには、どうすればイイか。
 それをあらためて考えつつ、試行錯誤のスタートをきったのが、この5月のことだった。

 わが家の「ローリング・ストック・ディ」…とは、備蓄の食品を〝日常〟食べ、買い替えることによって、〝消費期限ぎれ〟の無駄をなくそう、という趣旨だった。
 最初の記事は、5月に3回。
  ➀5月4日ログイン - はてな
  ➁5月6日ログイン - はてな
  ➂5月13日ログイン - はてな
 この記事と一緒に、ぜひ、も一度、参照してみてください。

 〝備蓄食〟を〝非常食〟と決めつけない、月一くらいのペースの〝日常食〟に置きかえて馴れるとともに、イザというときでも食はなるべく〝ふだんどおり〟にしたい、そのくふうをするチャンスにしていきたい…いうまでもない、それがネライ。
 
 わが家では、はじめ〝月いち〟を月末に設定してみたが、どうも気分的にヨロシクない。
 それで、意気あらたまる〝月初め〟に変更。
 これまで、〝食品種類別〟(缶詰、レトルト…などなど)に分けておいた食品群を、〝消費期限ごと〟(直近ひと月内、向こう二月内、3月以上)の3分類に整理し直した。
 この分類法のメリットは、廃棄のムダを無くせると同時に、備蓄食のラインナップをバラエティー豊かに見通せること。おかげで不足分の補充も愉しみになった。

 ちなみに、上が二月め、6月の「ローリング・ストック・ディ」の1日3食。
 下が三月め、7月分。
 いずれも、ぼくら夫婦二人分。

 反省➀は、4月末に〝まとめ買い〟したアマノフーズの食品がいちばん期限に近くなったので、これを主にせざるをえなかったこと。
 反省➁は、スイマセン写真が〝証拠写真〟すぎて、こりゃいくらなんでも無粋にすぎる。以降、気をつけます。

 5月は、こころみに1日3食すべてをインスタント(アマノフーズ)食品にしてみたのだけれど、やっぱりダイエット食みたいでものたりなかった。

 そこで6月は。
 朝のインスタント食に、これもインスタントながら味噌汁を加え、少量ながら、ホウレン草のおひたしとサラダもつけてみた。非常時にそんなゆとりがあるか疑問だが、これくらいあれば文句はない。
 昼は、缶詰のカレーで買い置きのパン食。
 夕食には麺を茹でてパスタソースで和え、炒り卵を添えた。

 7月は。
 朝・昼ともに、ふたたびインスタント。
 食べおえて、夕食(即席具の丼飯)のことを想うと、ふと寂しかった。

 ぼくらは二人そろって酒を嗜む、というよりハッキリ呑兵衛である。
 災害時ではあっても、できれば呑みたい、つまむモノもほしい。
 おまけに、そのかわりに、ご飯を食べるのは朝だけ、ときてる。

 しょうがない。
 ここは変則に、すなわち夕食には急遽、冷凍庫の餃子と冷蔵庫の余りものをツマミに酒に酔い。
 夕食に予定していたインスタント丼物を、翌朝にまわした。それが、最後の写真。

 このほうが、ずっと朝食らしいし、無理がなかった。
 問題は〝非常時〟に酒が呑めるか…だ、が。
 そこは呑兵衛夫婦で、酒の備蓄はふだんでも切らしたことがない。
 まぁ、わが家がなくならない限りはなんとかなりそうだし、なければガマン、それくらいはデキル。

 ……というようなことで。
 ぼくらの「ローリング・ストック・ディ」のこころみは、これからも、つづいていく。


7月1日【朝食】すまし柚子にゅうめん(左)、炙りさけ雑炊(右)



7月1日【昼食】3種のチーズリゾット(左)、ほたてのクラムチャウダー(右)



7月2日【朝食】牛肉と野菜のおかず汁(上左)、親子丼(下左)、黒豚汁(上右)、中華丼(下右)

〝血の香り〟を食す赤身か、〝エネルギー脂肪〟のトロか…悩ましいクロマグロの味わい

-No.1390-
★2017年07月12日(水曜日)
★《3.11》フクシマから → 2316日
★ オリンピック東京まで → 1108日





◆急速冷凍&解凍技術の精華

 浅草の老舗「紀文寿司」4代目、関谷文吉さんが書いた『魚味礼讃』(中央公論社刊)という本。
 いまは文庫になっているようだが、ぼくが持っているのは1990年の初版本。

 魚の味わいの真実あれこれ、鮨屋さんらしい上ものネタ話し集といっていいものだが、そのなかに「赤ワインの余韻を保つ近海シビマグロに漂う血の香り」なるタイトルの一文があって……
 (あっ、率直な)と、魚市場の啖呵と江戸の生粋を、ぼくは感じた。

 この1980年代から90年代にかけての頃も、味覚のなかでもとりわけ魚味に関心の高まったときで、ほかにもさまざまな本が出版されたのだが、たいがいは、つとめて上品に語られることが多くて、マグロの赤身をズバリ「血の香り」と言いきれるような人は、なかなかいなかった。
 「マグロと赤ワイン」なんかも、談義する相手を選ばないと率直にすぎていけない話しだった。

 じつは、その頃からず~っと。
 ぼくは、食べくらべながら、考えつづけていることがある。
 マグロは「赤身」か「トロ」か…について。

 いうまでもなく、それは、〝血の香り〟の「赤身」か、あるいはエネルギー脂肪の「トロ」か、という命題だ。
 
 ただし、関谷さんのいう「シビ」マグロとは、クロマグロ(本マグロ)でも100kgクラスの極上ものをいう。
 (いまはウッカリすると、それさえ知らない寿司職人もいるくらいだけれど…)
 とても、ぼくら庶民の食卓にのるスジアイのものではないので。

 ゆずって、クロマグロの「赤身」と「大トロ」、いいところを見つくろって食べくらべている。
 それでも。

 食べものの話しに値段はヤボだが、けして安くはないし、大トロともなれば赤身にくらべて5割くらいは高嶺の花。
 生マグロはさらに〝段がちがう〟から、たいがいは冷凍マグロの解凍ものになる。

 それでも、いまは不満なく味わい談義ができる…のは、これまた〝だんち〟に発達を遂げた急速冷凍&解凍技術による。
 おかげで、ついひとむかし前までみたいに、せっかくの旨味が無慚に溶けだした「ドリップ・マグロ」に泣かなくてもすむようになった。
 ついでに、冷凍マグロを家庭で解凍する不安からも解放された。

 それでなくては、「赤身」か「トロ」かのお話しにもならない。
 上掲の写真は、柵を買って帰り、わが家で刺身にした本マグロ、赤身と大トロ。

 さて、そこで、あらためて「赤身」か「大トロ」か。
 関谷さんの言う「血の香り」は、「赤身」である。
 ぼくの舌も(これはいい)とヨロコブ。血の香りといってもステーキのそれとは異次元に清々しい。

 江戸っ子庶民が赤身(のヅケであったろう)に顔ほころばせたのも頷ける。
 しかし……大トロが江戸っ子にはウケなかった、というより、下の下とされた評価のほどが、どうしてもわからない。

 なぜなら、なんべん食べくらべても、ぼくには、大トロもやっぱりうまい、のであった。
 「大トロ」にはエネルギー脂肪の躍動がある、それが舌にとけるのだから、たまらない。
 この感性に、江戸の頃と今とで、決定的な違いがあるとは思えない。

 結論、いきつくところは、鮮度であった。
 江戸の頃に、いまどきの急速冷凍&解凍技術があったら、江戸っ子だって「トロ」に随喜の涙をこぼしたにチガイないのだ。

 門外漢のぼくには詳しいことはワカラナイけれども。
 「冷凍」で問題になるのは「最大氷結晶生成温度帯」である、という。
 それは「-1℃~5℃」、家庭の冷蔵庫ならほどよい冷えごろ。
 だが、「冷凍」問題の解決にあたっては、ここが最大の難関ポイント。
 この温度帯の通過にモトモタしてると、〈食品細胞内の水分膨張 → 氷結晶した細胞を内側から破壊 → ドリップ流出〉となる。
 そこで、この温度帯を超特急で通過させてやれば、〈食品の細胞破壊をふせいで → 品質の劣化もふせげる〉ことになる。

 以上の話しは、前にも聞いた覚えがあった。
 たしか「-50℃くらいまで」一気にもっていくのだ、と。
 
 ……………

 ところが、いまではもっと進歩して。
 「マグロの刺身には-60℃が最適」と知れている、という。

 「築地」から「豊洲」へ、中央卸売市場の移転がほぼキマった。
 その豊洲新市場にある冷凍設備には、この最新冷凍設備が導入されており。
 
 既にいまでも、月に300~400万円の電気代がかかっているらしい。
 これも素人にはよくわからいことながら、切ったり点けたりするより点けっぱなしのほうがいい、ということらしい。

 「市場機能を豊洲にもっていけば膨大な赤字を生むことになる」とされる、その一端を垣間見るような話しではある。
 また、築地もともに生かす、となれば、冷凍設備まで二重に必要か、の問題も生じることになるわけだ、が。

 とにもかくにも豊洲に移転となれば、市場関係者の通勤交通手段も確保しなければならない、その交通手段に冷凍品搬送の貨物機能を付与することが考えられるかも知れない。
 あるいは、もっと捌けた話し、市場の在り方そのものに、これまでは考えもおよばなかったような新方式が提議される、あるいはそんなことになるのかも知れない。

 ……………

 とりあえず、いまのボクは。
 『魚味礼讃』の関谷さんが、この、いまの急速冷凍&解凍技術にどんな想いでおられるか、興味を抱きつつ。
 もう、どっちがどっちの決着つけるのはヤメにして、もうイケマセンという日が来るまで、本マグロの「赤身」と「トロ」を食べくらべていきたい、と願う日々なのであった。

必っ食「食品群」のこと…「てきとう」であること…箇条書きのこと…

-No.1389-
★2017年07月11日(火曜日)
★《3.11》フクシマから → 2315日
★ オリンピック東京まで → 1109日



◆孫にやさしく…10食品群をチェック

「まごわ(は)やさしい」
 これは、栄養のバランスをとるのに必要な食品群を言ったもの。
 以下のようになる。
  め(豆)
  ま(胡麻)
  かめ(ワカメ)
  さい(野菜)
  かな(魚)
  いたけ(椎茸)
  も(芋)
 なるほど……だが、すぐに気づく、「肉」「酪(乳製品)」が含まれていない。
 「わ(は)」を「に」にかえると、「く(肉)」が入って「まごにやさしい」となる、が。
 「ワカメ(海藻類)」もやっぱり欠かせない。

 最新の、医学・生理学・栄養学の知見によれば、良くないのは「偏食」と「過食」であって、「まんべんなく食べる」のがよい。
 むしろ、無理無体のダイエットとか高齢者の栄養不足にこそ、気をつけなければならない…と。

 そこへ「これですね」と提案されたものがある。
 「10食品群」…1日に少しでも気をつけて食べておきたい食品の種類だ。
 〈肉酪系〉
  ➀肉(加工品でもよい)
  ➁魚介類(加工品でもよい)
  ➂卵(マヨネーズでもいい…かどうかは不明、魚卵は不可)
  ➃乳製品
  ➄油脂類
 〈野菜系〉
  ➅大豆(加工品でもよい、油揚げも可)
  ➆緑黄色野菜  
  ➇海藻類
  ➈芋類
  ➉果物
 
 チェックシートをネットからプリントアウトできるので、わが家でも一週間ほど試してみた。
 結果、満点(10点)から低い日で7点まで。ま、合格レベルであろう。
 わが家の場合には「卵」と「芋類」が盲点であることもワカッタ。
 独身者が、これを日々クリアしていくのはかなりムズカシイであろうことも。

 「ベジタリアン」が、すでにコトバとして懐かしいものになってひさしい。
 「草食系」男子、「肉食系」女子、というのも、すでに遠くなりつつある。
 世の中、たしかに進む、が。進んで、また似たような風景に出逢う。
 それって、〝ふつう〟っていうか、〝あたりまえ〟のこと、じゃなかったっけ!?

 ……………

 「てきとう」という。「適当」と書く。
 「適とう」と書くのがいいんじゃないか…とボクは思う。
 「とう」に「当」という字をアテると、「あたり」か「はずれ」かみたいな〝博奕〟語感に嵌り込んでしまう。

 ことばの意味としても、
  ➀「ほどよい」
  ➁「要領がいい」あるいは「いい加減な」
 …と、ある意味、真逆というか、アッチとコッチみたいな分裂気質の気味がある、ぜんぜん居心地よくない、吐き気がしそうだ。

 ぼくは「てきとう」な「ほどよさ」を愛する者だ、けれど。
 世の中テキには、「てきとうな奴」みたいな語感で〝バカにする(される)〟使われかたが圧倒的主流だ。
 しかも、じぶんだって「てきとう」なくせに他人の「てきとう」がゆるせないタイプの、差別感情がその根底にあったりする。
 
 これって、ヨクナイ。
 たとえば「てきとう刺激」という分別判断があって、「眼に光り、耳に音」のように感覚的に自然〔じねん〕なもののこと。
 これが〝ふつう〟で、つまり「てきとう」でイイ状態なのに、人はなんで、あえてビリッと感電とかズキッと痛撃みたいな〝不てきとう刺激〟を求めたがるのだろう。

 ほんと〝変な動物〟だ。

 ……………

 気がつくと今日は、〝箇条書き〟が多くなっている。
 箇条書きには、書き手(語り手)が考えを整理し、それを読み手(聞き手)に理解しやすく、印象づよくする表現法で、ぼくもよく使う。
 
 現実場面でも、箇条書き的な用法・用例は枚挙にいとまがない。
 思いつくままに。
 「地震雷火事親爺」という諺があるけれど。
 これなんかも、じつは、

  地震
  雷
  火事
  親爺

 と箇条書きにしたほうが、はるかにワカリやすく、インパクトもある。
 頭に「・」「★」「▼」みたいな記号とか、数字やアルファベット付けると、ひとつひとつ灯台に灯りが点ったようになるし、上記のように前後を1行空きにする、もっと効果的な手段もある。

 近代では第二次世界大戦時代のイギリス、チャーチル首相が箇条書きの思考法を駆使したことで知られるけれど。
 その近代化を迎えた日本では、徳川幕府から天皇家大政奉還という政局をうけた明治政府が、明治天皇が天地神明に誓約するかたちで示された「五箇条の御誓文」が、代表的な〝箇条書き〟ごとといっていい。
 ただ、この国の新たな「基本方針」とされたものは、じつは公卿・諸侯(大名)を対象にしたもので、広く人民が相手にされているわけではない。

 ともあれ、来年2018(平成30)年は〝国策〟テキに〝明治150年〟にあたり、あれこれ政治的な画策も目されているようなので、この五箇条を当時のままの表現(ただし漢字は現代版)で下記しておきたい。
 (不明の語句については各々、辞書をひいて意味あいを知ってください、いまは電子辞書ってラクなもんがあるんですから…)

【五箇条之御誓文】
一 広く会議ヲ興シ万機公論ニ决スヘシ
一 上下心ヲ一ニシテ盛ニ経綸ヲ行フヘシ
一 官武一途庶民ニ至ル迄各其志ヲ遂ケ人心ヲシテ倦マサラシメン事ヲ要ス
一 旧来ノ陋習ヲ破リ天地ノ公道ニ基クヘシ
一 智識ヲ世界ニ求メ大ニ皇基ヲ振起スヘシ

快生やすみ…いただいてます

-No.1388-
★2017年07月10日(月曜日)
★《3.11》フクシマから → 2314日
★ オリンピック東京まで → 1110日

鹿児島の「知覧茶」に惚れたわけ

-No.1387-
★2017年07月09日日曜日
★《3.11》フクシマから → 2313日
★ オリンピック東京まで → 1111日



◆虫たちにゴクロウさま…

  〽夏もちかづく八十八夜 野にも山にも若葉がしげる

 ことしの、その日5月2日火曜日は、晴れて気もちのいい日和りであったと思うのだ…が。
 たしか、その週末あたりからは暑いくらいの日、夏日が多くなって、水不足を心配するほどの空模様になった記憶がある。

 ぼくは「お茶」というより、茶の木の「葉っぱ」、なかでも「新茶」と呼ばれる「若葉」の萌え黄を好む。
 静岡など茶どころの生まれでもないのに、どうしてそうなったのかはワカラない…が、この若葉を見ると無性に噛んでみたくなるのは、やはりニッポン人だからだろう、としか思えない。
 「月の雫」と呼ぶ、若葉が朝露をもらったようすも清清しくていい。

 ごくゆ~っくりと揺らすようにするといい、あまいお茶の淹れ方を、これは朱泥に似た急須の産地佐渡、無名異〔むみょうい〕焼の里でじっくり教わったのだけれども、根がせっかちな性質だからついに身につかなかった。

 茶のよしあしは抹茶もふくめ、こころしていただけばワカル…が、それよりも、なんの気なしにいただいてその佳さに気づく、くらいのさりげなさが好ましい。水だしのお茶が、いちばんそれに近い。食してうまい茶葉もある。

 そんなボクが、「無農薬茶づくりの百姓」と称する人に出逢って、あらためて茶に目覚めた。
 葉っぱから直に抽出する茶に農薬はマズかろう…ことに、ほとんど正面衝突だった。最高にうまい茶の「一煎め」にいちばん農薬が出る…事実に唖然であった。
 
 その人の茶畑で、茶葉の収穫を手伝わせてもらった。
 茶の木を植え並べた畝の土がフカフカやわらかだった。「茶草」と呼ばれる敷き藁ならぬ敷き草。このおかげで土を踏み固めてしまうことなく、乾燥もふせいで畑の生態系をも守れる。
 虫が多かった。アブラムシやバッタなどなど。テントウムシが「ここだよ」とアピールし、蜘蛛の巣も張っていた。
 無農薬にして数年は茶葉の虫喰いがひどくて飲めたものではなかった、話しを聴いた。

 それからは、「茶摘み」の場面になると自然に目が吸い寄せられる。
 八十八夜から1ヶ月以上がすぎて、茶屋の店頭にも「新茶」が顔をそろえた今年。

 日除け帽子を被った女性たちが茶畑で、黒い手袋をしたような手で、茶の若葉を撫でるように、軽く叩くようにも見える按配に触っていく。
 見るからにウマそうな茶の若葉には、たくさんの虫たちが集まる。その〝虫喰い〟を競う害なす虫たちを迎え撃ち、好んで食べてくれるカマキリやテントウムシたちも、とうぜん多い。

 茶葉収穫の場面にナレーションがかぶさる。
 これら益なす虫たちを茶摘み機から守るために、この作業はあるのだ、と。
 人の手が近づくと、虫たちは茶の木の下枝の方に移り隠れる、それで茶摘み機に刈り捕られることがなくてすむ。
 「これには、茶葉を守ってくれた虫たちにアリガトウと、お礼の意味のあるのです」
 茶農家の方の口ぶりやさしく、ぼくはジンと身に沁みてしまう。

 「知覧茶」と呼ばれる銘柄がある。
 特攻隊の基地として知られた鹿児島県南西部、開聞岳を望み見る薩摩半島知覧町(現在は南九州市)。
 心あたたまる映像は、その町の茶畑からのものだった。
 ちなみに、これはあまり知られていないかと思う、鹿児島県静岡県に次いで第2位(市町村単位では南九州市が緑茶の生産量全国一)の〝茶どころ〟である。
 
 郷士屋敷が集まる麓集落の町並みは、道にゴミひとつない清々しさであったことを、想いだして……ぼくは。
 さっそくネットの、ふるさと通販ページに購入を申し込んだ。

 〝フード・マイレージ〟を心がける〝食べ幸〟人のぼくだが。
 ときには、地産地消とは別に、こんな思い入れがあっていい。

韓国〝平昌〟冬季オリンピック、北朝鮮と共催か/2020TOKYO、聖火最終ランナーにサプライズ 

-No.1386-
★2017年07月08日(土曜日)
★《3.11》フクシマから → 2312日
★ オリンピック東京まで → 1112日



◆政治介入を許さない、オリンピック精神はどうなる?

 
 6月下旬、梅雨のさかり
 近ごろ、信じがたい常識はずれというか、あまりの厚顔無恥さに、口をあんぐりすることが多くなって。
 気をつけないと顎がはずれそう……と思ってたところへ、またまたアングリごとが追加になった……

 来年2018年に平昌(ピョンチャン)冬期オリンピック開催をひかえる韓国が、ナント、あの北朝鮮と一部競技での共催を検討中、聖火リレーのコース中に国境をまたいで北朝鮮を組み込むことも検討しているという。
 それも様子見のアドバルーンどころじゃない、文在寅(ムン・ジェイン)大統領じきじきの意向、IOC(国際オリンピック委員会)にもすでに働きかけている、とか。
 (もっとも北朝鮮側の反応は、いまのところ否定的、いまはミサイル技術革新に無我夢中でそれどころじゃないのだろう)

 平昌オリンピックについては、準備の遅れとか、チケット予約の低調ぶりとかが言われており、あるいは、そんなムードを払い除けたいねらいもあるのか。
 ま、もともとが文大統領は対北朝鮮融和の〝太陽政策〟推進で知られた人だから、その方針に沿った意向ということでもあろう…が。
 その文さん、日本のフクシマ原発事故を教訓に〝脱原発〟に舵をきったアノ人でもあるから、こっちの頭がチラクラしてくるばかり。

 それより、ちょっと待ってほしい。
 IOCは、いったい、これにどう応えるのか。
 〝政治に左右されないオリンピック精神〟はどうなるのか。
 南・北朝鮮の融和といえば国際平和に向けた最重要テーマにはちがいない、が、同時にそれは、もっとも危険をはらむ政治課題にほかならない。
 
 北朝鮮という国、その体制がこれまでに、いくども繰り返してきた信義なき行為を見れば明らかだ。
 彼の国にあるとすれば、韓国のこのオイシイ提案を利用できる限り利用しておいて、あとは知らん顔という態度にちがいあるはずもなく、みずから改めるものはナニヒトツないだろう。

 また同盟関係にある韓国とアメリカの間にも、日本の現政権とアメリカとの関係ほど親密なものはなく。
 たとえばアメリカには、北朝鮮の体制によって抹殺された(ものと思われる)自国民青年の人道問題があり、またいっぽうの韓国には、国民のなかに「THAADミサイル」配備を怖れる空気があるなど不安定な国情だ。

 こうした〝米日韓〟同盟の動向と行方に、北朝鮮はぬかりのない観察の目を離さない。
 韓国側からこのたびの平昌オリンピック発言があった、その直後の6月25日は北朝鮮「反米闘争の日」だった。
 7月4日アメリカの独立記念日には、北朝鮮からICBM大陸間弾道ミサイル)の発射実験が〝プレゼント〟された。

 朝鮮戦争はまだ終わっていない。

 ……………

 それよりもひとつ、いい話しをしよう。

◆陸上短距離の山県亮太くんを聖火最終ランナーに

 広島県世羅町といえば、男子高校駅伝の名門、世羅高校のあるところ。
 この町の臨済宗のお寺、修善院住職で自身も世羅高校陸上部OBの、神田さんという方の提案である。

 昨年夏、リオ・オリンピックの男子400mリレー(1走)で、みごと銀メダルの快挙に輝いたことはまだ記憶に新しい。
 その日本を代表するスプリンターの一人、山県くんがじつは、広島生まれの被爆3世(曽祖父は被爆即死、祖父も被爆)。

 …だから、というのには理由があって。
 前回1964東京大会開会式、聖火最終ランナーに選ばれたのが、奇しくも〝原爆投下のその日〟に生まれた当時19歳の陸上選手、坂井義則(広島県出身、早稲田大学)さん。
 つまり、彼こそが〝戦後日本復興のシンボル〟として世界の注目を集めたわけだった。

 ならば、2020TOKYOは被爆3世のスプリンター山県亮太くんに、と。
 ついでにこの話しには、坂井さんが早稲田出身だったのに対して、山県くんは慶応出身と、オチまでついている。

 いいんじゃないかぃ!
 (もっとも、その山県くん、先日の日本選手権陸上男子100mでは、体調の回復が遅れて6着に敗れはしたけれど)

 それより心配なのは、やっぱりオリンピックの将来の方で……
 というのは韓国ばかりじゃない、わが日本の首相にもじつにアブナっかしいところがあって、リオの閉会式で次期開催国の宣伝役をつとめたり、2020大会に向けてもこれを、なにかとみずからの政権運営に役立てようともくろんでいるようだからダ。

 2018年冬季平昌大会と2020年夏季東京大会とが、オリンピックが政治利用に穢された悪しき歴史の1ページとして、あの〝ナチ・ドイツ〟ベルリン大会をふたたび想いださせることのないように、いまは祈りたい気分だ。

快生やすみ…いただいてます

-No.1385-
★2017年07月07日(金曜日)
★《3.11》フクシマから → 2311日
★ オリンピック東京まで → 1113日

*七夕…これはヤッパリ月おくれの方が似合いしうです*