※100年目の「国勢調査」考 / 調査員をつとめて感じたトゥデイズ・ジャパン
-No.2593-
★2020年10月27日(火曜日)
★11.3.11フクシマから →3519日
★延期…オリンピック東京まで → 270日
★旧暦9月11日(月齢10.3)
◆臨時国家公務員になる
7月にスタート-とした「GO TO トラベル」で、すっかり「新コロ」禍も忘れ、浮足立った世の中。
そんな折も折、ぼくのところへは町田市総務部からメールが入った。発信元は市政情報課統計担当。
ぼくは、その通信内容を読む前にすでに(そうか5年か)、時のながれの早さを想った。
その通信は、5年ごとの国家事業「国勢調査」の調査員を募るもの。
経験者には「このたびもお願いできるか」ということで、応募の意思があれば知らせてほしい…とのこと。
同時に別に、未経験の一般市民あてにも公募の告示がなされたわけである。
ぼくの場合は、時間づかいが自由になるフリーランスでもあったから、60のときから参画して4度目になる。
今回の「国勢調査」は、1920年(大正9)の第1回からかぞえて、ちょうど100年の節目になる、という。
(冒頭の図は、その第1回のときの告知…神武天皇が描かれている)
受諾応募のメールを返すとき、ふと、もういちど次回(齢80)までなら、このままいけば、まぁ、なんとかデキるかな…と考えた。
「国勢調査員」というのは、公務員とはちがう一般市民にとって、ふだんは見ず知らずの市井の人々に接して、じかに民情にふれることができる、またとない機会。
ただし、立場は「臨時国家公務員」となり、総務大臣からの任命書もある。
けっして、安易に務められるラクな仕事じゃない…けれども。人の素顔、人情の機微をふれるチャンスは、とくに〈表現者〉にとってはきわめて貴重。なろうことなら、若い人たちにこそ、ぜひ経験してほしいと思うくらいだ。
……………
そんなことを思いつつ日を送るうちに、いまどきの世情を物語る記事が、追っかけ新聞に載った。
-今年100年の節目-「国勢調査 あり方は?」と問いかけるかたちで。
内容のポイントは2つ。
1つは、高齢化やコロナで「調査員が不足」について。
じつは町田市でも、「調査員募集」の試みがくりかえしなされ、これは、かつてないコトだった。〝密接〟を避けろ…という状況では、調査員のなり手がないのもうなずける。〈1軒1軒しらみつぶし〉のできる時代でもない…のもたしかだ。
もう1つは、「昨今は調査票の提出に協力的でない世帯も増えている」件。
これは経験者なら誰しもが「うむ」と頷くことにチガイない。この傾向は、ぼくが参画した15年前からすでに始まっており、民情との乖離は回を追うごとに増して、5年前にはかなり難儀な事態になっており。
極端に言えばヒドイ場合、「国勢調査…って、ナニそれ?」てなものだった。
国勢調査は、1軒1軒戸別訪問の世界だから、限られた期間に、1人の調査員が受け持てる範囲にも限りがある。
町田市のトータル調査員数は知らない…が。
総務省によれば、全国での調査員総数は70万人を目標(前回同様)に市区町村に確保を呼びかけたものの、8月時点で60万人ほどにとどまっているとのことだった。
そうだろうな…とボクも思う。
言ってみれば営業事務のように配慮の要る仕事で、なにごともメンドウそうだし、こんどは「新コロ」感染の心配もある。君子危うきに近寄らず…であろう。
もっと大きな現象は、「国」と「民」との意識の乖離だと思う。
「国勢調査」はその名のとおり、「いま日本に暮らす人(外国人も含む)」を対象に国の政策策定の基礎資料(選挙区の区割り、地方税算定の基準、各種統計など)となるものだ。したがって「国」が知りたいのに対して、いま現在の「民」の方は、さほど「国」を大事には思っていない。つまり「国民」の義務感も薄い。
保守党は懸命に「愛国心」を(持って)…と叫ぶが、民にしてみれば、日常に不都合さえなければ「国」より「自由」なのだ。
煩雑な情報社会に翻弄され、どこに落とし穴が仕掛けられているか知れない不安な世間である。そんな現在に生きるには、できるかぎり吾が身にまつわる情報をソトに出さない(知られない)のがイチバンと心得るわけで、一概に「不協力」はケシカランとも言いきれない。
若い世代を中心に、共働きや単身の世帯では、以前に比べてもハッキリ〈日中不在〉が数多く目立ち、世帯の表札さえ出さないのがアタリマエ、いまどきはそれが現実だ。
つまり、ここに誰が暮らしているのかも、ワカラナイ。
(いいだろう、放っといてくれ)というわけだ。
「世帯」より「個人」を〈だいじ〉にする、いま現代に、「国勢調査」の在り方そのものが合わなくなっていることも指摘される。
性的少数者(セクシャル・マイノリティー)の課題(同性カップルを調査対象として集計するのか)もある。
◆担当調査区で想ったこと
9月に入ってすぐの「調査員事務説明会」で、資料の配布と説明を受ける。
少人数を集めての〈分散開催〉は恒例のことだった、けれど、見知った顔にはひとつも出逢わなかった。
実施要項と細則に変わりはなく、ただ「新コロ」感染のリスクを避けるため、なるべく直接の面会をなくし、インターホンによる通知に重きをおくように、ということだった。すでに採り入れられていた「インターネット回答」を、さらに積極的に推奨することも確認され、面談による聞き取りはなるべく避けること、とされた。
それぞれの調査員がうけもつ「調査区」は、市の方で決めるわけだが。調査員にとっての関心はコレにある、といっていい。
おのずと、いい地区(いろいろな意味で調査しやすいところ)とそうでない地区があることは、市民ならある程度は心得ているからだ。
都市部の場合には、〈調査員が自宅から徒歩で回れる範囲〉が基本になっているらしい。ぼくの担当調査区は、これまでも概ね「良」のところばかりだったが、こんどは家からも近い足場の好さ。これには年齢の考慮が、あったのかも知れない。
担当の「調査区」3つを、下見がてら「国勢調査のお知らせ」を配布して歩くことからスタート。
追っかけ段ボール箱で届けられてきた「調査用品」を整理、指示に従って戸(個)別の調査用紙を作成、配布の順番・経路を作成。…しながら、予想される担当調査区を在りようを頭になぞってみる。
自治会の役員を務めたこともあるので、地域の概略には馴染みがあった。
担当調査区は、郊外の住宅地。
民心は概ね安定しており、不安な要素はひとつも見あたらなかった。
以前の担当調査区内には、一部エア・ポケットのように存在する穴ぐらのようなところがあって、そこの住民は呼び鈴にも応答なし、顔をあわせることがあっても無視するか睨みつけるか、のどちらか。
正直、ゾッと背筋の寒くなる想いを味あわされたことさえあって。いうまでもない、調査への回答など望むべくもなかった。
こんどの担当調査区の場合は、そんなオソレもなさそう。ただ、歳月はやはり住宅地の様相を変えていた。
ぼくは、いま全国的な問題になっている〈空き家〉や〈放置家屋〉のことを心配したが、そんな家もほとんどなく。しかし高齢化地域に違いなく。では人口減かといえば、そのぶんは2世代・3世代住宅がカバーしているように見受けられ、地域人口は現状維持か漸減傾向あたり…だろうか。
◆ぶじ、なにごともなく、おえる
本番の「調査員」の仕事は、下見をもとに作成した「調査区要図」をもとに「調査用紙一式」の入った封筒を、戸(個)別に配布することから。
調査員は、身分を明示する総務省発行のネームカードを下げ、腕章を付け、フィールド・ワーク用のバインダーと手提げ袋を持っての巡回だ。
いまはもう、ほとんど全戸に設置といっていい、インターホンで「国勢調査員」の来訪を告げ、「調査用紙入り封筒を郵便受けに入れさせてもらう」こと、「必要な調査用紙枚数」を確認、「回答はなるべく、個別ナンバーの割りあてられたインターネットを利用してもらいたい」こと、「あるいは用紙に記入・郵送してもらい、調査員による聞き取り記入は避けたい」旨を告げていく。
たまたま留守の家があれば、「連絡メモ」に次回訪問の予定日時を記入して郵便受けへ。呼び鈴に応じて出てきてくださる方が、いつものことながら少なくなくてキョウシュクする。
配布は順調。唯一コマッタのが集合住宅(アパート)で、まず、どの部屋が〈空き〉で、どこに〈住む人〉がいるのかに悩まされる。極端にいえば、人気のしない〈住戸〉さえあり。ベランダの物干し竿や電気メーターの動作などを見て…それでも判断に迷うことが少なくなかった。
管理会社に問い合わせればいい、ことかも知れないが、「調査員」にそこまでの責任も権限もない。
二回目の巡回訪問で、留守のお宅には「調査用紙一式」入りの封筒を郵便受けに入れさせてもらう。なにかあれば、専用の「コールセンター」に電話がいくことになり。ぼくの場合は計3件。コールセンターからの問い合わせと、調査用紙追加の指示があった。
こんどの担当「調査区」は、民度のたかいと思われる地区だったせいか、一部マジメ(すぎる)ほどの対応が見られ。
いちばんに吃驚させられたのは、すでに両親が亡くなって空き家然となったところに、別に住まいをもつ家族が、時折に訪れているらしいケースだった。
……………
ともあれ、こうして。
「国勢調査」は、はじめに「インターネット回答」が10月に入って締めきりになり。その後、「調査員」は「調査への回答はお済みですか」の文書を各戸に配布。
その結果の集計された「回答状況確認表」が、担当部署から各「調査員」のもとに送られてきて一段落…の段取り。
「調査員」はそれをもとに担当区の、詳細な回答状況をみずからの報告書にまとめる。回答状況のよしあしは、調査員の責任ではない…とはいえ、やはり大いに気になるところで。
ぼくの場合は、このたびも、まぁまぁ優良…の部類だったのではないか。回答率は80%近くに達していた。
「調査員」の仕事は最後に、途中確認ながら未提出だったお宅へ「調査票の提出のお願い」を配布して終了。
詳しいことは知らされていないが、あとは、担当部署による調査(近所への簡易聞きとりなど)がのこされているようだ。
仕事納めの「調査書類提出会」は10月の中旬。
やはり少人数の分散方式で開催され。調査用品の返還、事務方による「調査書類」の検分があって、「ごくろうさま」となった。
検分は、担当調査区の難易や調査員の個性にもよるのだろう、かかる時間に多少があり、細部事情聴取のおこなわれる場面も見られた。
…が、ぼくの場合はおかげさまで、なにごともなく、ぶじ、おえることができた。
担当「調査区」の方々に感謝あるのみ…
おしまいに
ひとつ感想をもうしあげておけば、〈戸別訪問〉形式の「国勢調査」はもう、現代時勢に適合していないこと明らか。
〈抜本的に大改革〉のときではないか。