どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

◎新型コロナ肺炎ウィルス感染…クルーズ船「ダイアモンド・プリンセス」と映画『さすらいの航海』

-No.2334-
★2020年02月11日(火曜日、建国記念日
★11.3.11フクシマから → 3260日
★ オリンピックTOKYOまで →  164日
★旧暦1月18日、満月・一五夜・望月
(月齢17.2、月出19:35、月没07:58)
★〝桜〟開花まで積算600度追跡=10日まで112℃






◆きのどくな「ダイアモンド・プリンセス」乗船客の境遇

 11万5875トン、全長290m、全幅37.5m、高さ54m(水面上)、喫水8.5m、デッキ数18の豪華クルーズ船。
 「ダイアモンド・プリンセス」が横浜港大黒ふ頭に姿を見せたのが1月末。

 中国武漢から在中国邦人たちを帰還させるべく、派遣された政府チャーター機2便が羽田空港に帰ってすぐのタイミングにあたり、ちょうど日本国民の関心が最高潮に達した時機でもあって、港界隈には一気に緊張が高まりました。

 ふだんから、船舶の出入りには慣れている〝ハマっこ〟たち、豪華客船の送迎にも疾〔と〕うに慣れっこだった人たちが、夜は闇をあざむくばかりの電飾巨船での、見えない暗い影におどろき、あらためて息を呑むことになりました。

 1月25日、香港で下船した中国人乗客が新型コロナウイルスに感染していたことが判明。
 2月4日から、横浜港沖で順次、〈症状のある〉乗客・乗員に検疫を行った結果、11日現在計135名に陽性反応が判明、病院に隔離収容されることになり、国内感染者の合計数も150人を突破。
 4日早朝までは船内での行動に制限もなく、またショーなどのイベントも通常どおり開催されていたのが、一転、厳戒態勢に切り替わり…

 以降、症状が発生していない乗員・乗客あわせて約3,700人は向こう14日間、船内で待機させられることになりました。

 しかも、望まれる全員検疫がまだ実施されていないのは、態勢が整っていないからか、ほかで予想される事態に備えようとしているのか、不明ですが。
 なにしろ、これまでの日本政府の対応は〝ニブイ〟といいますか、あるいは〝ツメタイ〟といいましょうか。

  ……………

 乗客は基本的に船室待機です、が。
 船旅経験のある方なら、想像できると思います。
 一流ホテル並みの船室とはいえ、陸上とは比べものにならない密室感は、正直なところ、ときに息ぐるしさを覚えるくらいの閉塞感です。

 天候や波浪のぐあい、また人にもよるでしょうが、まぁ、せいぜい1昼夜か2昼夜くらいまでが「ご馳走さま」レベル…といってもいい。
 それも、ときどきはデッキに出て開放感に触れ、外の空気を吸ってのこと。
 ましてや船室に窓のない、室外の様子が知れない部屋での閉じ籠りには、おのずから限度があります。

◆『さすらいの航海』みたいね

 テレビ中継の画面に映る豪華クルーズ船を見ながら、ぽつんと、かみさんが言ました。
 じつは、まったく同じ想いにとらわれていたボクはコトバもなく、ただ頷くしかなかったのですが。
 似たような感想をもった人が、この映画を観た方には多かったのではないでしょうか。
 また、こんどの「ダイアモンド・プリンセス」乗船客のなかに、もし、この映画を観た方があったら、こんどのことに遭遇して心中どんな想いが去来したものか…ごめんなさい…あとで聞いてみたい気がします。

 1976年12月公開(日本公開は翌年8月)、イギリスで制作された映画『さすらいの航海』は、スチュアート・ローゼンバーグ監督。
 主演の夫妻役は、フェイ・ダナウェイオスカー・ウェルナー。船長役にマックス・フォン・シドー
 実話をもとにした原作の題名が『絶望の航海』であったことを知れば、映画を観ていない人にも、おおよそのストーリーは想像できるのではないでしょうか。

 物語は…
 第二次世界大戦、前夜の1943年5月13日。
 ナチス・ドイツの迫害からのがれて亡命する、ユダヤ人937人を乗せた客船SSセントルイス号。
 けれども当時の政治情勢に翻弄され、寄港を希望する各国から受け入れを拒否された客船は、大西洋上を流離〔さすら〕うほかなく、やがて乗船客たちのストレスも限界に達してしまう…というもの。
 映画の結末は、ついには乗船客たちの上陸がなんとか認められる…というカタチでおわっていました…けれども。

 事態によっては、原作どおりの『絶望の航海』になっていたかも知れない。
 そんな救いのない、危うい状況が描かれていました。

◆地球上、全生命の〝さすらいの航海〟にならないように

 たとえば、こんどの「ダイアモンド・プリンセス」の場合。船籍はイギリスですから、公海域の洋上にあるかぎりはイギリスの法律・制度が適用されるし、クルーズ船としての運用はアメリカの会社でしたから、航海中のさまざまなルールには、アメリカ方式が採用されていたでしょう。

 そうして、いま現在のように日本の領海内にあるかぎりは日本の法律・制度に従うほかなく、いずれにしても乗客の利益優先に運ばれることのほうが、稀有なわけです。

 乗船客たちの不安、ストレスの原因もそこにあるわけで、これはまさに、日本政府の人道的見地に立った対処が求められている、場面でもあります。
 
 ちなみに、こうした事態に遭遇したときの〈国際的なル-ル〉の取り決めは、これまでになかった、とのこと。
 たとえば、こんどのようなケースでは、寄港先の国が、その乗船客に占める自国民の数によって〈受け入れ〉か〈入港拒否〉かを選択することになる…そうです。
 つまり、「ダイアモンド・プリンセス」の場合は、乗船客に占める日本人の割合が多かったから、寄港を〈受け入れ〉られてヨカッタわけです、けれども。
 ほかのクルーズ船で、外人客の占める割合の多かった船は、日本への寄港を拒否されているのです。

 これだけ「狭くなった」とされる地球上での、このザマには、ほとんどコトバを失います。
 こんどのような緊急事態に立ち至ったときには、「みな同じ〝地球市民〟」との国際的な合意の形成と対処が、早急に望まれます。

 ぼくも、船旅を愛する者として、しかし、いつも万が一の船の遭難・事故とともに、この不安が拭いきれません。
 おそらく、こんどの事態をまのあたりにした人の多くが、長期クルーズの船旅には二の足を踏まざるをえなくなるでしょう。

  ……………

 そうして現実にも、この場合の〝船〟を、たとえば〝地球〟という惑星の〝乗りもの〟に置き換えれば、地球上に生きる生命のひとつとしての人類にも、いずれ似たような危難のときが、きっと訪れることでしょう。

 なぜなら、ウィルスという〝感染性〟の生物にしても、じつはヒトを襲う意図とは別に、ただ、現に存在する〝ヒトという生きもの〟のもつ優位性に瞠目し、これに対抗するか、あるいは勝機をつかもうとするための進化、かも知れないのですから……

 (ナメてはイケナイ)と思うのは、そのためです。
 ヒトは素直に、自然界の一員である立場に従わなければ、いけませんよネ。