どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

椎葉の「菜豆腐」…ぼくの苦心の<ホワイトデー>

-No.1638
★2018年03月17日(土曜日)
★11.3.11フクシマから → 2564日
★ オリンピックTOKYOまで →  860日




◆山道を持ち歩けるシッカリ豆腐

 宮崎県。
 いま新燃岳(鹿児島県境)の噴火で騒がれている、九州の脊梁山脈。
 その少し北、とりわけ奥深い山中。
 県境の東には、「子守唄」で名高い五木村熊本県)。
 「平家落人の里」、椎葉村〔しいば・そん〕
 昭和の初期までは自動車交通の通じない深山、〝焼畑の里〟。

 「里山」に対してある「山里」。
 清らかな湧き水に恵まれた「山里」。

 大豆加工食品としては、アジア各地に見られるものだが。
 なかでも「日本の豆腐」は、あえて特産といってもいい。
 「豆腐」よりも「豆富」としたい。

 ……………

 いい「豆富」が各地にある。
 なかでもシッカリと堅い「木綿豆富」に、ぼくは格別な〝大豆〟の味わいを嗅ぐ。

 「堅豆腐」と呼ばれるそれは、とくに。
 〝濃い豆乳〟によるか、あるいはニガリのかわりに海水を用いてできる。

 たとえば、加賀白山白峰の「石豆腐」。
 これを〝煮しめ〟た惣菜などは、腹もちもよく食べ飽きない。
 禅門で食される「精進料理」では、「豆富」を「肉」に「見たてる」。

 その本質は、縄で十文字に縛ってもクズれない。
 (実際にそうしていまも売られていたりする)
 肉に見たてられるほど腹もちのよい食品は、持ち運びにもよい。
 店で買って、少々の山道をぶら下げて帰っても、なんの心配もない。

 これは、ぼくも実際に買って帰った経験がある。
 「帰った」といっても金沢のホテルまで。
 コンビニで醤油と削り節をもとめて、部屋で食べた。
 朝の軽食なら、これで充分だった。

 ……………

 京都の「豆富」のよさも、よく知られているが、こちらは「絹ごし」。
 なめらかに、舌ざわりのまろやかさはさすがだ、けれど、いまは防水のパック、しばらく前までは鍋かボールでも持参しないことには、買いもとめることも、持ち歩くこともできなかった。
 それが都会の「豆富」であった。

 「絹ごし」は、実際に〝絹〟で漉すわけではない、あくまでもその〝食感〟を言っている。
 豆乳にニガリを加えただけの「絹ごし」、これをいったん解〔ほぐ〕して木枠に流し、木綿の布で漉したのが「木綿豆腐」だから、「豆富」の濃さが違う。

 大豆の味わいは豆乳にも反映する。
 水と豆(大豆)の交響である。

 ……………

 椎葉の「豆富」も、伝統的に「煮しめ」で食されてきた「堅豆腐」。
 これに、季節の野菜を彩りよく加えてできたのが「菜豆腐」である。

 山里の徒然〔つれづれ〕、なんとはなしにフ…と心さみしいようなときに、考案されたのではないかと、ぼくは想像している。
 (これなら北国にあってもフシギはない気がするのだが…)

 「菜豆腐」は、柚子の香りが佳いので、醤油を垂らして生でいただくのがよい。
 薬味はいらない、「やっこ」に切る必要もない。
 1丁を、ざっと4つくらいにわけるか、あるいは丸のままスプーンでもいい。

 そう言ってやって、この「菜豆腐」を。
 ぼくは、バレンタインチョコ返礼のホワイトデー、プレゼントにした。
 相手は、身近の三姉妹(姉と二人の姪)。
 これでもケッコー気をつかっている…のダ。