どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》被災地東北、18次<巡訪>/ ㊼13日目(1)北海道伊達市「だていちご」のいま    今回のテーマ[つぎのステップにむけて]

-No.1548-
★2017年12月17日日曜日
★11.3.11フクシマから → 2474日
★ オリンピックTOKYOまで →  950日






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◆9月8日(金)、噴火湾に秋の風吹く…

 きのうは、津軽海峡を渡った函館の地に、かみさんのすぐ上の兄さんの家を訪ね、泊めてもらった。
 義兄はいま、札幌に住む長男のもとにふだんは起居しており、ときおり函館の持ち家に帰って来る。

 夕食の折。
「明日(つまり今日)は洞爺湖畔でキャンプのつもり」
 そう話して誘ったら、気もちがうごいたらしい。

 彼は前から、ぼくらのキャンピングに興味を示していたのだが、誘うチャンスがないままになっていた。
 しかし、彼もいまは齢80、足腰にやや不安をかかえてもおり、さすがにテントは無理かと思われ。
 キャンプ場に連絡をとって、予約をバンガロー泊、人数3名に変更、レンタルの寝袋をひとつ追加してもらう。

 今朝は。
 東北<遍路・巡訪>の荷物を整理、不用になったものを宅急便で発送の後、出発。

 大沼から道央道を札幌に向けて走るとき、ぼくの愉しみは八雲パーキングエリアでの休憩タイム。
 ハイウエイオアシス「噴火湾パノラマパーク」を名のるここは、天気にさえ恵まれれば文句なし絶好の海景満喫スポット。大きな湾だけれど、外洋の広がりにはないフレンドリーな潮の香を身近にできる。

 出発がゆっくりだったせいもあるが、北海道のスケールのでかさ、いつも、あらためて実感させられる。
 噴火湾をグルッとひと巡りして伊達に着く頃には、早や昼どき。

 蕎麦の名店「そば順」に立ち寄り、名物の「たこ天そば」を味わってから、昭和新山の煙りを近く見る、有珠山の麓を目指す。
 同乗の義兄にも、すまないが、しばらくお付き合いを願う。

 亘理町宮城県)のイチゴ農家5軒が震災後、伊達(仙台)藩ゆかりの縁でこの伊達市に招かれ、移住生産を始めて以来、ぼくらにとっても見守りの定点、<遍路・巡訪>をしめくくる地になってきた。

 いつも、訪れる日を前もって告げないで来る。
 イチゴ農家の仕事はほとんど通年であり、はたらく時間帯や仕事のはこび方にもそれぞれの個性と流儀があるから、逢えるときは逢えるし、たとえば逢えないことがあっても、それはそれでヨシとするしかない…のが現実でもあった。

 この日は、佐藤さん一家(収穫後)の選別作業に、しばらく付き合わせていただく。
 昨秋、闘病生活をおくった鈴木秋衛さんは、ちょうど病院へ診察を受けに行くところで、いつもの元気はなかったが、ともあれ恢復しつつはあるようだった。
 ほかの人たちの姿は、ハウスに見られなかった。
 最新頑丈な出来のイチゴハウスのひと棟が、強風に叩かれ、ひしゃげていた。
 北国の空は、荒れようも半端ではない。

 鈴木(秋)さんは、はじめから、「老後は故郷で」の腹積もりだった人。
 若い丸子さん夫妻も、いずれは帰郷、父母のハウスを受け継ぐことにしており。
 ここ〝北の大地〟伊達に居つくことを決めているのは、鈴木(秋)さんの息子さん夫婦と、こちらに来てから土地の娘さんと結婚した小野くんの2家族だけになる。
 (もう一人は、故郷にのこしてきた父親の病いで早々に帰郷していた)

 かいつまんでの事情はそういうことで、6年の間にはまぁ、いろいろあったわけだけれども、これだけは言えると思う。

 北海道伊達市の招きと厚遇が、彼らイチゴ農家の人たちに<いち早い落ち着き>をもたらしたことはまちがいない、と。
 復興の途中経過を見てすごした故郷、亘理町の人々にこのゆとりはなかった。

 しかし、その実感を彼らがどこまで吾がものとし、生きる糧にしているかは知る由もない。
 また、「イチゴ栽培のノウハウを伝えてほしい」ことを厚遇の条件とした伊達市の、望みがどこまで叶えられたかの判断も、むずかしいところだろうか。

 こうしたモノゴトの、すべては、とどのつまり人しだいだし、世に連れて、でもある、が。
 いまの世に、本真ものの〝結〟はありがたく、そのかわりに望まれるリーダーシップがはたされることも、また、ありがたい。

 けつろんはどうやら、まぁ、そういうことのようであった。

 ……………

 ぼくたちは、「伊達いちご」のハウスを後に。
 洞爺湖畔へ駆け上がり、湖畔の店に生イカのヨサそうなのを見つけ、刺身に造ってもらってキャンプ場入り。
 乾杯・夕食もそこそこに、早々に湖畔のバンガローに一夜の夢をむすんだ。

 その夜、睡魔の訪れの早さには、旅の疲労の深さがにじんで。
 湖畔に響く打ち上げ花火(夏場連日、旅館街のサービス)の音も、わずかに夢枕に微かであった。