どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》被災地東北、18次<巡訪>/ ㊻12日目(2)どうする、どうなる大間原発    今回のテーマ[つぎのステップにむけて]

-No.1547-
★2017年12月16日(土曜日)
★11.3.11フクシマから → 2473日
★ オリンピックTOKYOまで →  951日




◆9月7日(木)昼前、大間原発

 六ケ所村の風力発電探訪に〝借りを返し〟て、また海峡に舞い戻り、定例になった大間原発のその後、経過観察も、無事にすませることができた。
 観察の定点は原発の南側、奥戸〔おこっぺ〕の港。

 ぼくが訪れる時間帯はいつも、朝の漁から帰った漁船もすでに浜に引き揚げられて後。
 船端〔ふなばた〕越しの風景にきまっており。

 そこから見るかぎり、〝建設中〟の電源開発(Jパワー)大間原発(MOX燃料=プルトニウムウランの混合酸化物、のみを燃料とする世界初の原発)は、ぼくの初見2012年当時の、建屋はほぼ出来上がった状態の頃から、少なくとも外見にはほとんど変化が見られない。

 《11.3.11》福島第一原発の事故があって中断、〝自粛〟のカッコウ、そのままに時が停まっている。
 しかし、まぁ、遮蔽されて外からは見えない内部には、ナニかしら準備の動きはマチガイなくあるわけで。

 それもとうぜん、このフルMOX燃料の原発(毒性つよく、安全性ひくく、危険度たかい、とも指摘される)が稼働しないことには(頓挫となれば)、政府が推し進めようとする国策、核燃料サイクル政策も破綻する、六ケ所村の再処理施設も無用の長物になる。
 政府がこのハッキリ〝五里霧中〟状況にある稼働にのっぴきならない執念を燃やし、そのためには、万が一の事故による被害のことなど眼中にない…かに、少なくとも見える(イヤ事実ない…といってよかろう)。

 しかし。
 いま、これからは、否応なしに、〝地方〟が〝中央と対等〟の立場をとる時代、中央偏重など「とんでもない」という意識が否応なしに高まる時代。

 とうぜんのことに2014年の春さき、海峡を挟んで隣り合う北海道函館市から「大間原発の建設と運転の差し止め」を求める、国を相手どった初めての訴訟(裁判)がおこされた。

 人口約27万の函館市は、大間原発の30km圏内(最短は23km)、50km圏内には函館市を中心に約37万の人口をかかえる。
 対して下北・青森側は約9万人。
 いったん重大事故に遭遇したときには、函館側の方がより被害が大きい。
 (それでいて、この大間原発ができても、実際の電力需給には関係がない)

 函館市の提訴には、これを支持する声が数多く寄せられ、「脱原発首長会議」に参加する現職首長たちからも支持、あるいは連帯表明されている。

 しかし、それよりも。
 もっと注目すべきは、世情の動き。
 この訴訟にかかる費用を、函館市では5年で20,000万円を想定している、とか。
 されど、もちろん、市の財政は厳しい。

 そこで、全国に支援を呼びかけた。
 これにこたえる支援はもちろんあった、が。多いとは言えなかった。
 (提訴した14年度で4,580万円、その後は時とともに減少…)

 ところが、世の中おもしろい。
 ことし17年4月から、函館市が「ふるさと納税制度」(返礼品の種類は約170種、寄付金の使途も計6項目ある)で募集をはじめた「大間原発建設差し止め訴訟費用」への応募は、その後の約2ヶ月で1,000万円を超えた、という。
 寄付全体630件あまりの約7割にあたる447件が訴訟費用の支援だった……

 「ふるさと納税制度」寄付金の使途、運用には広い視野が必要なこと、いうまでもない、が。
 これだけのリアクションがある、事実は軽くない。
 民意は、かくじつに、うごいている。

 ……………

 されど、本州北端に近い〝北辺〟、ふだんの昼すぎの奥戸の浜には、人影もない。
 ここで、もう10年にもわたって続けられている「大間原発建設反対」の集会があるわけだけれど、その声が大きいとも、けして言えない現実が一方にある。

 ぼくに、できるのは。
 以上、縷々、述べてきた心をもって、これからも見つめつづけること。

 ……………

 ともあれ、これで。
 このたびも本州とお別れ、函館へ。

 フェリーの港へ。
 大間ー函館便は、1日2往復。
 下北側の、地元の利用客のほとんどは、朝7:00発の便で函館に行き、所用をすませ夕方18:00着の便で帰ってくる。
 所用の多くは、高齢化のいま、いうまでもない通院である。

 ぼくらが、いつも利用する午後便14:10発は、北海道で一夜をすごすことになる人たち、したがって地元客は少ない。

 フェリー「大函丸」が係留されている岸壁に、大型観光バスがやってくる。
 乗客はと見れば、いまどき、これも年寄りばっかり。
 岸壁で向きを変えたバスは、一般車の客を尻目に、いちはやく誘導されてバックで船内へ。

 ぼくは、このままバスごと海峡を渡るものとばかり思っていたら。
 しばらくして、カラになって出てきた。
 とうぜん、旅行社としてはやはり、乗務員を含むバスの渡航運賃を惜しみたい(これは貨物トラックと同じ)わけであり。
 向こう(函館)で、替わりのバス・乗務員が待ちうけている算段。
 年寄りが多いバスの乗客は、安全に配慮してすでに船内に誘導されている。

 見とどけて、なになしら心に複雑なものがのこる、これも、いま現在のニッポンを物語る情景のひとつにチガイなかった……