どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》被災地東北、18次<巡訪>/ ㊹11日目(4)尻屋崎の「寒立馬」再訪     今回のテーマ[つぎのステップにむけて]

-No.1544-
★2017年12月13日(水曜日)
★11.3.11フクシマから → 2470日
★ オリンピックTOKYOまで →  954日












◆3年ぶりの尻屋崎へ

 津軽海峡に面する下北半島東端の尻屋崎。
 そこは「風の岬」とも呼ばれるが、岬はみな多かれ少なかれ風の通り道だ。

 ぼくがこの岬に魅かれるのは馬、そこに「寒立馬」がいるから。
 ぼくの馬好きは、たぶん、その目の優しさにあるのだ、が。

 半端じゃない証拠に、はじめて訪れた日南海岸でも真っ先に都井岬を訪れている。
 (もっと端的に言えば、都井岬に行くための宮崎であり、日南海岸であった)
 そこに日本在来種の、いまでは珍しい野生の馬(天然記念物)がいたからだ。

 世に馬好きは少なくないが、多くは競走馬の美しさに目をうばわれる。
 ぼくはサラブレッドも好きだ、が、どっちかといえば「道産子」みたいな<自然のたくましさ>系にシッカリ軸足がある。

 ともあれ、そういうわけで3年ぶりの尻屋崎。
 ところが…
 このさき寒立馬のテリトリー、を告げる看板を見てすぐ。
 車の進行方向、真っ正面から馬たちが歩いてくるの出会〔でくわ〕し、息をひそめるようにゆっくりブレーキを踏んだ。
 そのまま息をのむ。

 6~7頭の寒立馬が、堂々と、首を振り振り、道の真ん中を行進してくる。
 圧倒的な存在感に、カメラのシャッターにかかる指が緊張する。
 ぼくの車は左車線に、路肩に寄せる間もなく停止。そのすぐ脇を…
 サイドミラーすれすれに、舗装路に大きな蹄の音高く、通りすぎていく馬たちの吐く息を、運転席の開いた窓から身近に嗅ぐ。

 寒立馬は、野生馬ではない。
 家畜として、尻屋崎の草っ原を牧野に日中、放牧されている。
 ほとんどの馬が、みずから心えて、陽がのぼると岬へと向かい、日の暮れる前に飼主のもとへと帰って行く。
 (気がつけば、すでに午後の陽も低くなりかかっており…)
 この偶然の出逢いに、いやおうなしに胸が高鳴る。
 
 もちろん、野生生物たちの生き抜くため命がけの生態は美しい、が。
 かれらとはまた別の、家畜としての生き方に徹する姿の美しさにも、ただ<従順>なばかりではない生き方に含蓄の深いものがあった。

 寒立馬のいなくなった岬を少し歩く。
 風の岬の沖から、港に帰港する漁船があり、どう見てもイカ釣り船。
 「イカつけ」と呼ぶイカ漁は、ふつう日没に出漁、夜陰をあざむく投光(漁り火)に引き寄せられてくる群れを追って、早朝に港に帰るのだ、が。
 明らかに、これはチガっていた。
 (これが、近ごろ行われている〝昼イカ漁〟というものだとは…後でこの日の宿の女将に聞いて知った)

 岬をぐるりとまわって、帰路につこうと通りかかった柵囲いの草地に、岬から帰ったばかりの寒立馬たちがいた。
 さっき舗装路を行進してきたときの馬たちにはあった緊張感、威圧をさえ感じさせたものがいまはすっかりなくなって、馬たちはいつものおとなしい目の色になっていた。

 ……………

 ここは、さっき風力発電を追ったばかりの六ケ所村のお隣り、東通村
 とうぜん、ここにも風力発電は目だった、けれど、六ケ所村より山がちなこの地域では、風車群はより山上に近く、すなわち見る目にはますます遠かった。