どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》被災地東北、18次<巡訪>/ ㊴10日目(4)田野畑村、鵜の巣断崖へ     今回のテーマ[つぎのステップにむけて]

-No.1533-
★2017年12月02日(土曜日)
★11.3.11フクシマから → 2459日
★ オリンピックTOKYOまで →  965日









◆9月5日(火)午後、200mの大断崖

 北上高地に半日をすごして、のち。
 ぼくは、ひたすら、車を海へと走らせた。

 おかしな話しだが、ぼくは山地とか里山とか、あるいは平野のまっただ中などにいると…どうしてだろうナゼかフシギに海が恋しくなるのだ。
 水気なら川や湖沼だってあるわけだけれど、やっぱりちょいと塩あじが利いていないといけない、のである。
 飢える…のではなしに…渇く、海に渇く、海が恋しい。

 鵜の巣断崖は、同じ田野畑村の北山崎と並ぶ北三陸の絶景ポイント。
 台地上の駐車場からしばらく歩いて、高さ200mという大断崖にとびだす…と、足もとを<すくわれる>思いがする。高所恐怖症のぼくなど尻の穴がムズムズしてくる。

 それでも行ってみたくなるのは、そこに吸いこまれそうに碧い魅惑の海があるから。

 崖の中腹にウミウの巣があることから「鵜の巣断崖」。
 鵜飼の鵜は、カワウ(川鵜)ではなしに、なぜかウミウ(海鵜)。
 外海に棲むウミウは徹底的に魚食の鳥である。
 そこで、海辺の、それもウミウが外敵に襲われる心配なしに巣を営めるところ、たいがい崖地で生け捕られるわけだ、が。
 この「鵜の巣断崖」では生け捕られてはいない、らしい。
 この大断崖を前にしては、囮のウミウを仕掛ける気もおこらないことだろう。

 断崖は午後の日陰に黒くしずんでウミウの姿も見えなかった。
 白波に洗われる崖下の狭い浜を目で追っていくと、遥か向こうの北に霞むのは、きっと北山崎あたり……

 ふと、崖の縁の枯れ木の高い枝に、大きな鳥の影。
 そっと近づいて見上げると、ミサゴらしかった。
 魚好きで「魚鷹」と呼ばれることもあるミサゴは、漁師たちに親しみがあり、ぼくも知っている田野畑村の漁師さんの舟も「みさご丸」。
 ほかにも「みさご丸」の名は少なくない。

 また、鮮魚とくれば鮨。
 「みさご鮨」の屋号で商う鮨屋も多い。
 これは、ミサゴには獲物を蓄えて不時に備える習いがあり、こうして蓄えおかれた魚は醗酵して「みさご鮨」と俗称された、そのことにちなむものである。
 ミサゴに親しみを抱く海辺の民の、ちょっといい話しというやつだ。

 崖上の園地、アカマツを主とする海岸林の木立におおわれて仄ぐらい草っ原には、薊が薄紫の彩りを添えていた。
 草原の花のイメージがつよい薊だけれど、こうした崖上の殺風景をふわっと和らげてくれるありがたい花でもあった。
 ボクがその名を知らない清楚な白い花も、吹き抜ける風に微かに揺れている。

 このあたりには「みちのく潮風トレイル」が設定されてあり、「三陸ジオパーク」というのもある。
 トレッキング姿の若者がひとり、いまは人気のない断崖へと歩いて行く……