どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》被災地東北、18次<巡訪>/ ㉚8日目(2)大槌町…慰霊のフォトフレーム   今回のテーマ[つぎのステップにむけて]

-No.1515-
★2017年11月14日(火曜日)
★11.3.11フクシマから → 2441日
★ オリンピックTOKYOまで →  983日





◆9月3日(日)、木工ワークショップをうちあげて…

 昼食後。
 ワークショップにも参加くださっている越田さんの案内で、大槌町の南へ浜つづきの室浜へ。
 浜つづきでも、こちらは釜石市

 小さな浜に面して新築の家が建ち並ぶ。
 なかの一軒に、亡くなった佐々木政子さんのお宅がある。
 佐々木さんは、少しの間でも新居に住むことができたのが、せめてもの慰め。
 現在は東京から帰郷した娘さんが住む。

 佐々木さんとは、被災地支援プロジェクト「まごころ花」の手芸サークルが縁。
 シュシュや飾り付きヘアゴムなどを、鵜住居釜石市)の仮設団地でお母さんたちが手づくり、なかでも刺子にいちばん人気があった。
 これらの品々を、ぼくらも東京のお祭りなどで代理販売のお手伝い。
 <巡礼>の旅でも立ち寄って、新作のうちあわせをしたり、お茶っこしたり。

 佐々木さんは、そのグループの技能リーダーでデザイナー。
 おまけに天性ほがらかな方で、はじけるように明るい笑いが、まるで苦労を感じさせなかった。

 お仏壇に慰霊の、桧の薫る木製フォトフレームをお供えさせていただく。
 ガラス押えのないつくりは、ご遺族と自然な息づかいを共有しつづけてほしいから。
 写真は、もちろんトレードマークのはじける笑顔……合掌。

 ……………

 こんどの旅は、ほんとうなら、これまでの<遍路・巡礼>からワンステップ先へ。
 しっかりとした復興の歩みを見つめる<巡訪>の旅にしたいところだったのだ、けれども。
 お二人の方のご不幸があって<巡礼>の旅をつづける、そのことについては出立前にお話しておいた。

 ……………

 亡くなった方、もうお一人は、大槌町安渡の小国兼太郎さん、93歳。
 お宅へは前日にうかがって、やはり同じフォトフレームをお供えさせていただいた。

 行って見ると、お宅が仮設団地からも近い復興住宅になって、まだ引っ越したばかり。
 三陸の大津波を三度も経験して生きのびた兼太郎さんは、
 「できることなら復興した町を見とどけたい」
 と語っていたのだ、けれども、新しいお家の部屋に腰をおろすこともできずに逝った。

 でも。
「兼太郎さんは、幸せな人だったよぉ」
 奥方ヤスさんの言うとおりかも知れない。

 兼太郎さんも《11.3.11》後は、刺子の技を身につけて生きがいにした。
 ぼくは、この人の作品も代理販売させてもらった。

 ホテルに戻る道すがら、お宅にヤスさんを再訪。
「いろいろ、あれこれ気づかってもらって、ありがたいけど…あんたたちも、もう若くはないんだから、これからは自分たちのことを考えてちょうだい」
 こんなこと言ってくれる人ほかにない……

 ぼくの、ぼっさぼさ頭を散髪してくれた「澤とこや」の奥さんも、もとは安渡の人で。
 被災後の仮設暮らしではじめて、小国ヤスさんという人を知り(すごい人がいる)と思ったと語っていた。
 木工ワークショップの常連さんの一人、土橋綾菜さんも「兼太郎さんの遺影の写真は私が撮ったんです」と誇らしげに言っていた。

 それらのことを話すと、
「安渡でわたしを知らない人がいたらモグリだょ」
 それなりに歳はとっても、その達者すぎる弁舌、けっしてめげない破顔一笑に、かわりはなかった。