どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

刺身の「つま」と着物の「褄」そして鮫の「ツマグロ」と

-No.1524-
★2017年11月23日(木曜日、勤労感謝の日
★11.3.11フクシマから → 2450日
★ オリンピックTOKYOまで →  974日

*「勤労感謝」という、コトバだけがいまはある。むかし、そんなふうに思われていました…ふうに遺っている、それだけ。少なくともいまの多くの人たちにとっては、<労働>はあるかも知れないけれど<勤労>という観念はない。<報酬>のために、ひたすら働く。それでいい、のだが、それだけでは<感謝>はされない、ことに気がつかないでいる、ように見える*

◆刺身の「つま」、着物の「褄」

 刺身の「つま」(つま…は刺身にかぎらないのだ、けれども)といえば、大根の千切りか海藻など、と相場がきまっています。
 その語源(近世の出自という)については、「夫に添う妻」の如く、との見方もあるようですが、これは「端=つま」で「端に添えられるもの」の方が無難かと思われるのです。

 もちろん「つま」は単なる飾りではなく、「口なおし」のくふうでもありますから、けっして粗末に扱われるていいものでもありません。
 わが家では、もどした若芽の水気を絞って添えており、ふだんの食卓はこれでいい、と思っているのです。
 彩りとしても、わるくありません。

 「辻褄があう」あるいは「……あわない」という言葉づかいがあります。
 「辻」も「褄」も和裁の用語とは、母から教わりました。
 「辻」は道(糸道)の合うところですし、「褄」は左右がきちんと合う(揃う)ことで美しい装いとなるところから、「筋道がとおること、ものごとの道理の前後が一致すること」をいうようになりました。

 想うに(近ごろは、辻褄のあわない生き態〔ざま〕の人が殖えてきた気がします…これも日本人の衰亡、民族の劣化のあらわれかも知れないとさえ感じます)

 「褄」は、いうまでもない着物姿の肝心かなめ、裾の左右の両端をいいます。
 着物というのは、まず前をあわせ、背中の線が真っ直ぐになるようにして着ると、映りも佳い。
 着付けで言う「褄」は、この前をあわせるときの、正確には「衿下」から「裾」までのラインをも指します。
 
 着物の着方には「左前」と「右前」があるわけです。
 けれども…いまこれをマネキンもなしに上手く説明することは至難なので、スイマセンそこは端折らせてもらって、芸者衆の「左褄」とその深い意味について。

 下の襦袢が「右前」で、その上に着る着物が「左前」。
 ですから、これは巧妙に前が塞がれた状態……おわかりですね……これでは手が入らない、つまり「芸は売っても身は売りません」と。

 ついでに蛇足をくわえれば。
 「どうもうまくいかない、調子が狂う」事態を「左前になる」といいますが…じつは、これにもその奥にふか~い意味合いが潜んでいるのでした…ご存知でした?

 ちなみに花魁が「右褄」をとるのは、お察しのとおり、こちらはお色気の商売だから。
 さらに、ちなみに花嫁さんがとるのも「右褄」。これも、いうまでもないとこと、手が入らなけりゃいけませんからネ。

 そういえば。
 むかし『すみだ川』という、歌詞の途中にかなり長めの台詞の入る歌謡曲がありました。
 東海林太郎さんの唄もあったそうですが、ぼくが覚えているのは島倉千代子さんの唄。

  〽銀杏がえしに 黒繻子かけて
   泣いて別れた すみだ川
   思い出します 観音さまの
   秋の日暮れの 鐘の音

 黒繻子〔くろじゅす〕というのは、光沢のある絹の繻子生地のことで、これを衿にかけると色香がきゅっと緊りました。
 粋な芸者姿が目に泛ぶ、わけです。
 黒繻子のいかなるものなりや、がワカラナイ向きには、「押し絵の羽子板」いまも定番の女性の日本髪姿、あの「カラスの濡れ羽色」とも呼ばれる髪につかわれているのが黒繻子…っても、まだヨクワカラン方は、羽子板市にでも行ってみて。浅草の観音さまの羽子板市(歳の市)は毎年12月17日から3日間でござんすよ。

 ……で、さて。
 なにが言いたかったか、というと。
 ぼくは、この黒繻子の衿と「つまどり」の「褄」とを、気分として完全に混同して記憶にあるわけで。
 そう、「褄」こそ女性の着物姿の白眉といっていい。

 ……と、ここまではとんとん拍子の「つま話」ですが。
 ひとつ〝玉に瑕〟のコマッタ奴がいる。
 そいつは昆虫、その名は。 

◆稲の害虫「ツマグロヨコバイ」

 これはヒジョーにわかりやすい形態・行動による名付け例で、ぼくは、農家でもない縁者でもないサラリーマンの家の生まれながら、小学生のときからその存在を知っていました。

 緑の羽の「つま」すなわち「端っこ」の黒い、こんまい虫で、こやつナゼか跳ぶとき以外は、たしかに横に這うように動く癖があり、近づくと横這いして葉裏に隠れるのデス。
 とても「小賢しい」感じの行動様式デス。

 そもそも「ヨコバイ科」というのが、多くの種をかかえて昆虫界でもかなり幅を利かせている存在らしく。
 仲間には農業に被害をもたらす害虫も多く含まれており。
 なかでもツマグロヨコバイは稲の害虫としてよく知られ、茎から液汁を吸いとって枯らせてしまう。
 人の指を「チクッと刺すこともある」とか聞きましたが、ぼくは刺された経験はりません。

 ほかに稲の害虫でよく覚えているのが「ウンカ」。
 漢字で「浮塵子」と書いて、ヨコバイ科と同じ小さなセミ形。やはり液汁を吸って稲を枯らせるほか、ウィルスを媒介したりもするそうな。

 これもヨコバイ科の虫たちと同じく、数多く群れて人家の灯火にも飛来します…が、しかし、「雲霞の如く」の「雲霞」とは同音ながら異義。

 いま想うにボクらの幼少期、終戦まもないあの頃はまだ、市街地の周辺にも田畑が多くのこって、農本の色濃い時代。
 「もったいない」精神につらぬかれ、米の飯を粗末にすることは「お百姓さんに申しわけない」と戒められて育ったのですが……
 いまじゃまるで遠い世界。

 てなぐあいの話しが混みいってきますと。
 救いの「つま」のひとつもほしいところ。
 そんな高座にスッとあがってきたのが。
 そうです。

◆「ツマグロ」鮫

 珊瑚礁ブルーの海を紹介する記録映像に、その姿を見たとき。
「ツマグロじゃん!」
 ぼくは思わず叫んでいました。

 体じゅうの鰭すべてに、白で縁どられた「黒い褄」がありますが、なかでも背鰭と尾鰭のそれがはっきり目だちます。
 なにしろはじめて見る鮫でしたが、画面に解説テロップがながれるより早くに、「ツマグロ(褄黒、端黒)」とぼくは呼んでいたわけで。それが種の名だと知れたときには(そうだろう、ほかにない)ストンと気もちよく腑におちました。

 お洒落な印象でした。
 襲撃の警告でも、守備の防御でもないふうの、自然が与えた粋なはからいに見えました。
 だって……明るく碧く透きとおった珊瑚礁の、浅い海面に「黒い褄」をちらちら魅せて泳ぐ姿は、いかにもスマートでキレがあります。
 吻(口さき、唇)が鮫族にしては短く丸っこいのにも愛嬌があります。

 調べてみると。
 じっさいに体長は1.6メートルくらい。つまり成人した人とおなじくらいの大きさで、メジロザメ科に属する鮫しては小型です。

 珊瑚礁の浅瀬を活発にサッサと素早く遊泳して、主に小魚を捕食、生きるためでしょうか雑食の気もあるとか。
 (縄張りも、移動範囲も狭い)
 あまり深い海に潜らないのは、大型の鮫などの餌にならない用心のためでしょう。

 臆病で、にもかかわらず稀に人を襲った(かに見える)例も報告されているのは、じつは獲物とまちがえてのことらしい。
 鮫族は一般に弱視で、ニオイをたよりに狩りをすることが知られています。

 なんとはなしに、どことはなしに、女性っぽい、色っぽい。

 南の海の民族には食用にされ、鰭(フカヒレ)も利用されている、とのこと。
 フカヒレに加工されてしまえば「褄黒」かどうかの判別は不可能なのでしょうが、「ツマグロのフカヒレ」ならいい味がするにチガイない。

 でも、繁殖力は弱いあたり、パンダに似るところもあるらしく、将来は絶滅が危惧されるとか。
 愛おしい鮫ちゃんデス。

 「つま」のお話しでした……