どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》被災地東北、18次<巡訪>/ ㉘7日目(2)山田町・船越半島「鯨と海の科学館」  今回のテーマ[つぎのステップにむけて]

-No.1512-
★2017年11月11日(土曜日)
★11.3.11フクシマから → 2438日
★ オリンピックTOKYOまで →  986日






◆9月2日(土)、「防災の日氷雨の午後

 木工ワークショップ「木つつき集会」を明日にひかえたこの日。
 ボッサボサだった頭をさっぱりきれいに散髪してもらって、気分は晴れ晴れだったけれども、空は生憎、太平洋沖にそれて北上した台風の影響があって冷たい雨模様。

 木工<助っ人>のお二人、大槌町のSさんのお宅でお昼に鮎をいただいて、打ち合わせ。
 夕刻には、もう一人の山田町のSさん夫妻と会食、打ち合わせの予定で、その間にゆとりの数時間があって。

 ぼくらは山田町の船越半島に「鯨と海の科学館」を訪ねた。
 《11.3.11》の大津波は船越半島の付け根、南側の船越湾から北側の山田湾へと、高さ8mの波高で跨ぎ越え。
 これによって「鯨と海の科学館」は大きな被害を被った。
 ぼくら被災地東北<巡礼遍路>の旅、このあたりでは山田町船越(陸側)の「ビジネスインやまだ」が定宿。
 したがって、船越半島とばくち付近は、毎度おなじみの復興チェックポイントでもあったから…

 そこに位置する「鯨と海の科学館」の再開は、6年4ヵ月ぶりの今年7月、朗報であった。
 ここでも瓦礫撤去や資料類の洗浄などに、述べ800人ほどのボランティアが汗を流している。

 このあたり三陸の海、むかし沿岸捕鯨の盛んだったところで、山田町もかつては捕鯨基地だった。
 1992年開館の科学館、自慢の展示はマッコウクジラ(歯鯨)とミンククジラ(髭鯨)の骨格標本。この巨大標本展示を中心に、鯨と三陸の海のあれこれを回遊式に紹介している。
 なかでも興味深かったのは、髭鯨の口の模型。
 オキアミや小魚を海水ごとグヮバーッと丸呑みにしておいて、顎に並べた髭の隙間から海水だけを吐き出して食餌する、その細密に構成された髭のありようにナルホドの説得力があった。

 高度経済成長期からそれ以降、国内各地に続々と誕生した<わがふるさと館>、これもそのひとつであろうか。
 小さな地方自治体の財政では、なかなかにむずかしい展示の充実。
 それを想うと注文は付けづらいところだが、さらに一層のくふうを凝らさないと先行きはキビシイと思わざるをえなかった。

 ……………

 さて。
 その翌朝は、カラっと天気回復して気もち佳い青空。
 絶好のイベント日和。

 「ビジネスインやまだ」のベランダ、ベンチ背もたれの絵柄は宮沢賢治注文の多い料理店』お話しのイメージ。
 そう、ここも心象風景世界の理想郷「イーハトーブ」のうちであった。
 
 ぼくたちは朝食休憩もそこそこに、いざ「木工ワークショップ」の会場へ。