どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》被災地東北、18次<巡訪>/ ㉖6日目(5)鉄の釜石…「鉄の歴史館」     今回のテーマ[つぎのステップにむけて]

-No.1509-
★2017年11月08日(水曜日)
★11.3.11フクシマから → 2435日
★ オリンピックTOKYOまで →  989日









◆9月1日(金)、釜石市街背後の高台

 釜石という街の成り立ちを確認するため、ぼくはあの《11.3.11》があってから2度ほど、釜石大観音から港内外の状況を眺望している。
 あのとき大観音には参拝客の姿なく、事務にあたっていた人々は、窓ガラスの向こうから盛り上がり寄せてくる海嘯の圧倒的な迫力の前に、港が呑みこまれていくのを成す術もなく、固唾を呑んで見守っていたという。

 釜石大観音と同じ南の高台の、国道を挟んだ林地には「鉄の歴史館」があることを知っていたけれども、とくに興味を魅かれることもなし、他人からすすめられることもなしに、見すごしてきた。
 いまふうに言えば、なんとなく「面倒い」気がしていた。

 それが2015年に「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」がユネスコ世界遺産に登録されて、見なおす気分になった。
 製鉄・製鋼の分野で、釜石の「橋野鉄鉱山」が含まれており、そこを訪れてみる気になったらあらためて、では関連ある「鉄の歴史館」も見ておこうか、という流れになった。

「シアターで上映が始まったばかりです」
 入館するとすぐに、職員に劇場へと案内され。
 そこでは、原寸再現された橋野高炉跡・三番高炉を中心にした舞台で、「釜石の鉄づくりの歴史」が映像で物語られ……

 あとになって気がついてみれば、それがこの博物館のすべて、といってよかった。
 展示物はほかにも、さまざまな資料類があるのだけれども、<熱く燃え滾る炎>の現場の臨場感にはほど遠い、如何にもとりすまして醒めた表情なのであった。

 このテの、「とにかくつくりました」式の資料館の類いが、この国には、公私ひっくるめて数多ありすぎるほどにある。
 このテの〇〇館に特徴的なのは、「見せる」姿勢がモノ集めにすぎないお座成りで、積極的に「見てもらおう、わかってもらいたい」という明確な意識に欠けること。
 だから入場者は、つめたい通路を一巡させられるだけの「行ってきました」におわる。

 「鉄の歴史館」に、そのときも他に数組の来館者があったのだけれど。
 皆シアターを観たあとは、ほかに時間をつぶすほどのこともないままに、出口へ向かうしかないようだった。

 入館料、一般500円ならこんなところ…そんなもんか。
 パンフレットには、鉄の記念日(12月1日)には昔「たたら製鉄」の実演、体験もあるとのことだった…けれど。
 ふだん日常の展覧にも、もちっと熱意をもってほしい。

 館外に出ると、釜石大漢音の向こうに太平洋の大海原を遠望。
 大津波に耐えきれず破壊された防潮堤、そこに、いまは修復なったのが白い一筋。
 それらのことについても、館内には一言の解説もなかった。

 このままじゃ、せっかくの世界遺産も涙目に霞む……