どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》被災地東北、18次<巡訪>/ ㉕6日目(4)住田町…釜石線「上有住」駅    今回のテーマ[つぎのステップにむけて]

-No.1508-
★2017年11月07日(火曜日)
★11.3.11フクシマから → 2434日
★ オリンピックTOKYOまで →  990日







◆9月1日(金)、ひさしぶりの<鉄路>望郷

 住田町の〝木造り仮設住宅〟中上団地を訪れた後。
 ふ……と。

 ぼくは<鉄路>の臭いを嗅いだ。
 それは、夏の草いきれの間隙を縫って、鋭く感応される。
 それは、列車が通りすぎるたびに枕木に零れる鉄の摩擦粉のものにチガイない。

 人にはそんなことがある。
 よくある、か…たまにある、か…は人それぞれの個性かと思うが、なにしろ、人にはそんなことがある。
 
 脳科学の本を読むと、大脳各領域の役割分担とか、精妙なその仕組みとかが、徐々に明らかにされつつあるようだ、けれど。
 <記憶>の不可思議、俗に記憶の<襞>と表現される領域のことについては、まだまだ研究の余地がおおきくのこされているらしい。

 なにが、なぜ、どのような理由で記憶にのこったり、あるいは、のこらずに消えたりするのか。
 また、一度はのこった記憶にしても、そのまま生涯二度とふたたたび想い出されることもないものと、なにかの拍子にヒョイと息吹くものがあるのは、なぜだろう。

 ともあれ、ぼくは中上の仮設団地の奥まったところに、廃校になった小学校の曇ったガラス窓を、それから古寺の山門の柱が朽ちかけているのを、さらには稲の稔った田んぼに収穫のときを待つイナゴを、見たことがきっかけになったのは確かだった。
 そうして、時計の秒針がひとこま進んだ。
 
 時計は、懐中時計でも壁掛け時計でもよかったが、かならず円時計。
 盤面に1から12までの数字が刻まれたアナログ。
 機器から知らされる時刻はデジタルになっても、ぼくの脳はそれをアナログ文字盤に変換して知らせる仕掛けになっている。

 そんなことで……なにしろ鉄のレールと車輪の摩擦粉が、ひさしぶりに<鉄路>を望郷させた。
 カーナビにはない、ぼくの脳内地図には鉄道を追いかける嗅覚がある。

 住田町の北を、花巻から釜石までの釜石線90.2kmが通っている。
 遠野から釜石へと抜ける仙人峠越えが難所で、単線の釜石線は数多のトンネルを穿ち、流れに橋を架け、大きくU字を描いて高度差を克服して行く典型的な日本の鉄路のひとつ。

 遠野市から釜石市への線路が途中、住田町を跨ぐ、そこに「上有住」という(町にたったひとつの鉄道の)駅がある。
 ぼくは、いま、まさしく誘蛾灯に誘われるがごとく、山道を辿ってそこへ行く。

 ……………

 山地の渓間に開けたレールがひとすじ、閑かに夏の陽を浴びている。
 無人の駅に、ひとつのホーム。日に10往復にたりない列車が通るのみ。
 
 そんな、な~んにもない田舎の小駅に魅せられる鉄道ファンがいる、いつも一定数がある。
 線路わきの空き地に、車が2つ3つ。
 写真を撮るためか、乗って来る人を迎えるためか、とにかく次に来る列車を待っている。

 北上山地の南を……
 かつては岩手軽便鉄道というのが通っていた。

 宮沢賢治銀河鉄道の夜』の舞台であった鉄路は、「銀河ドリームライン釜石線」の愛称で呼ばれ、24の駅もそれぞれにエスペラント語の愛称を持っている。
 たとえば「遠野」駅は、「Folkloro(フォルクローロ=民話)。
 住田町の「上有住」駅は、「Kaverno(カヴェルノ=洞窟)。駅のすぐ下に、「滝観洞〔ろうかんどう〕」と呼ばれる大理石の鍾乳洞がある。

 駅名の「有住〔ありす〕」も、なんとはなしに響きがよい。
 話題やクイズになるのはもっぱら<難読駅名>だけれど、ぼくは<いい感じ(漢字)駅名>というのも好きだ。

 しばらく待ってみても、ついに列車は上りも下りも来なかった、けれど。
 ぼくは、ひとりぽっちのホームに立って、遠い山の端の白雲も見ていた。

 夜……
 できることなら、この無人のホームに寝袋ひとつ、星空にジョバンニとカンパネルラの夢を追ってみたかった。