どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》被災地東北、18次<巡訪>/ ㉒6日目(1)陸前高田…キャピタルホテル1000  今回のテーマ[つぎのステップにむけて]

-No.1502-
★2017年11月01日(水曜日)
★11.3.11フクシマから → 2428日
★ オリンピックTOKYOまで →  996日








◆8月31日泊「キャピタルホテル1000」は盛土の上

 陸前高田の町中にも、《11.3.11》後しばらくは泊まる場所すら見あたらなかった。
 …というのは、もちろん、旅人としての感覚。
 瓦礫の原っぱ廃墟の端っこに〝奇跡の松〟がポツンと一本だけの情景を見ては、泊まる気にもなれなかったというのが正直なところ。

 そこに盛土の丘がいくつか顔を見せ始め。
 2013年11月に、その丘のひとつの上に、かつては高田松原にあった「キャピタルホテル1000」が、いちはやく再建された。
 その灯りは「復興への希望のしるし」にさえ見えた。

 ぼくがこのホテル(震災前のことは知らない)に初めて泊ったのは翌14年春。
 都市ホテルのたたずまいに、女性支配人が似あっていた。
 震災前は松原で、ホテルのすぐ前にあった飲食店のおかみさん、人首〔ひとかべ〕さんといって、その店も津波に攫われた。
 夕食の席で逢った若いウェイトレスさんも親族が被災、仮設住宅に暮らしていた。

 その後のホテルは、避難先からの帰省や復興支援の人々に頼られ、ぼくたちは予約のとれないことがつづいた。
 ホテルのある盛土の丘からは、復興の巨大ベルトコンベア「希望の架け橋」が一望のもとだった。

 ……………

 ひさしぶりに訪れた「キャピタルホテル1000」は支配人が男性にかわっていて、人首さんは退職、後継スタッフの方のお話しでは復興住宅に暮らしているとのこと。
 現在の支配人に「観光ですか」と問われて、思わず返答に詰まったボクが迂闊なのであった…時は流れ事情は日々移ろう。

 ただ、このごく現代的にできたホテルの処々に、ぼくは再建最初の、うぶな気くばりを感じとっている。
 たとえば、客室テーブルに置かれたウェルカム・メッセージなどに…… 

 ホテルのある盛土の丘から眺める風景は…変わったような…変わりきらないような…地元の人々にとってもどうやら、建設中の防潮堤ができて松原跡の状況が明らかにならないと、その先の話も始まらない気分のようだった。

*翌朝9月1日は、日本海ズワイガニ漁の解禁。6日には初水揚げがあって、いよいよシーズンは秋から冬へ*