どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》被災地東北、18次<巡訪>/ ㉑5日目(5)二つのミュージアムと津波体験館  今回のテーマ[つぎのステップにむけて]

-No.1501-
★2017年10月31日(火曜日)
★11.3.11フクシマから → 2427日
★ オリンピックTOKYOまで →  997日

*台風一過のきのう、関東地方には<木枯し1号>が吹いて、一気に冬のシーズン入り。こんなことが依然にも一度あったような…記憶が彷徨う*









◆8月31日(木)午後、シャークミュージアムと氷の水族館

 気仙沼「海の市」には、二つの新趣向が加わって魅力アップをアピールしていた。
 2階のシャ-クミュージアムは、サメ研究の第一人者仲谷一宏(北海道大学名誉教授)さんの監修。
 サメの不思議と知識のあれこれでは、サメ族の種別による歯の形状比較展示がおもしろく。
 震災復興シアターでは気仙沼の当時の記録映像(15分)も見られる。

 1階の氷の水族館は、防寒着(無料貸与)着用で製氷庫に踏み込むイメージ、日本が誇る製氷技術の「氷のアート」展示場。
 特殊な<凍氷>技術を用いて魅せる-20℃氷の世界、「魚氷」の活き活き感に息を呑む。
 
 「海の市」は、気仙沼の〝マーケットプレイス〟になっていた。 




◆唐桑半島ビジターセンター

 気仙沼市街を出て、唐桑半島へ。
 この半島の付け根、気仙沼大島に対する西舞根の浜には、畠山重篤さんという牡蠣・ホタテの養殖漁業者が、まさしく自然と共にあって。
 1980年代後半から90年代にかけて、彼のいわば〝里山・里海〟活動「牡蠣の森を慕う会」が、脚光を浴びた。

 そのごく初期に、ぼくもこの人にはぜひ逢ってみたくて、なんどかアプローチをこころみたのだけれども、それがちょうど彼が多忙をきわめた頃だったせいもあり、ついに逢うことが叶わないままに歳月がすぎてしまったのであった…けれども。

 それからは<唐桑>という地が、かくべつの色彩をおび。
 この<巡訪>でも、たびたび足を運んできた。

 そんな唐桑半島の突端、海釣りのメッカとして知られる御崎に、唐桑半島ビジターセンターがあり、「津波体験館」なる施設を2013年から備えていることを知るにおよんで、興味をひかれもした。
 だから、すでに前にいちど訪れており、しかし…そのときは生憎の土砂降りに近い雨模様が気もちを折れさせ、駐車場まで車を乗り入れながら、ついに入館を断念し去った覚えがある。

 人間というやつ、こんなつまらないことにも影響されやすい、じつに脆い心理をもつ。
 トラウマといえるほどのものではないが、再訪の気をおこさせるまでに、それなりの時を必要とした。

 そこは、予算の充分でないせいもあろう、まことに細やかな施設。
 別棟の「津波体験館」は記録映像にプラス起震装置による振動と風とで実際に、《11.3.11》クラスの大津波に襲われたときの皮膚感覚を疑似にではあるが体験できる施設。
 時間にすればわずか11分ほどながら、その大迫力というか〝底響き力〟は予想以上のもの。
 防災の啓蒙と教育に役立つであろう「ハイビジョンシアター」も、わるくない。

 これはケッコウ好評なのではあるまいか…と思って尋ねれば、それがどうもあまり思わしくもないらしい。
 体験館ができた頃から比べると来場者は半減しているのだという。
 その原因をセンター側では「被災の風化」と見ているようだが。

 ぼくは運営面にも課題があると感じる。
 たとえば、同じ「津波体験館」が気仙沼市街にあったら状況は違ったろう、施設だってもっと配慮されたに違いない。
 さほどの距離ではないといっても、市街から車で30分はかかる。
 それでも来場してくれる客はそう多くはないだろうし、「意義あるものだから来てくれるはず」のものでもない。
 
 ぼくは、他所の施設でも、ここと似た感想をもつことが少なくない。
 それは、たとえば<バックヤード>の充実ということである。
 収蔵品や資料類などがよく整理され、しかも豊富であること、それに支えられてこそ可能なのが展示の充実であること。
 地方の博物館や展示館、動・植物園などには、このたいせつな受け入れ態勢の貧弱なところが多すぎる。

 訪客を侮ってはならない。
 とくに都会の(都会化されつつある地方も含む)人々の感性は時代とともに研ぎ澄まされてきているのに。
 迎える側の感性が<むかし>にとりのこされたままでは、とても勝負にならない。

 <バックヤード>がまずしい施設の展示には「夢も説得力もない」ことを知るべきだ。