どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》被災地東北、18次<巡訪>/ ⑯4日目(5)大川小学校… 今回のテーマ「つぎのステップにむけて」

-No.1492-
★2017年10月22日(日曜日)
★11.3.11フクシマから → 2418日
★ オリンピックTOKYOまで → 1006日






◆8月30日(水)、<現状保存>と<内部非公開>

 石巻市立大川小学校のその後は、混迷がつづいている。
 訴訟はこの春、控訴審が始まった。

 昨年10月の一審判決は「津波襲来は予見できた」とするもので、市と宮城県に賠償を命じた。
 一審敗訴の市と県側はあくまでも「予見不可能」の立場で、控訴
 いっぽう遺族側は一審判決の認定不備を指摘して、こちらも控訴

 大災害の復興にむけて、なんともやりきれないこの訴訟騒ぎは、その結果があまりに重大すぎた事実と、このことの責任にはじめから向きあえなかった被告側が、向きあうことに怯〔ひる〕み、なにものかを守りたい構えをとってしまったことで、混迷の溝に嵌まりこんだといっていい。

 《11.3.11》の大津波、大川小では児童74人と教職員10人が犠牲になった。
 裁判で唯一生きのこった教職員への尋問がおこなわれていないこと、そうして、提訴した側も74人中23人の遺族にかぎられたこと、二つの理不尽が雨をはらむ雲の層を厚くしている。
 どんな決着にいたったとしても、憾みを遺すことになるだろう。

 そんな重い空気の流れるなか、この4月には大川小「現状保存」の整備方針案が石巻市から示された。
 鎮魂と津波避難教訓の場として、校舎や既存の施設は現状の姿をのこす予定で、2019年度中の完成を目指すという。

 その後、市と遺族側との話し合いの結果、「旧校舎の内部を非公開とする」ことで大筋合意したことが、8月中旬に明かされた。
 非公開の背景には、公開する場合には必要となる安全対策工事が、「なるべく校舎の現状に手を加えないでほしい」遺族側の考えに寄り添えないため、ともいう。

 いずれにしても、先にふれた仙台市立荒浜小学校の内部公開事例(10月08日記事)と比べて想うとき、その落差のあまりの大きさに慄然とせざるえない。
 http://blog.hatena.ne.jp/sashimi-fish1/draft-scat.hatenablog.com/edit?entry=8599973812302890988

 あのとき以来、ここを通れば必ず慰霊に立ち寄ってきた。
 そのぼくは、これまでこの旧校舎跡に、人影のなかったことがないのを知っている。
 教育関係者の訪れが多いことも……

 きょうも、案内されてきた人小人数の姿があった。
 これからどういうカタチで遺されていくのか、否応なくすぎゆく時だけがその行方を知ることになる。