どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》被災地東北、18次<巡訪>/ ➉3日目(6)東松島市、津波「伝承館」旧野蒜駅 今回のテーマ「つぎのステップにむけて」

-No.1482-
★2017年10月12日(木曜日)
★11.3.11フクシマから → 2408日
★ オリンピックTOKYOまで → 1016日











◆8月29日(火)午後、生活復興はこれから追々…

 松島があり、奥松島がある。
 この場合の「奥」は「北」ではなく「東」、「山方」ではなしに「海方」である。
 松島の海岸線から南へと、手を広げるように宮戸島。
 この島には、名勝の嵯峨渓や松島四大観のひとつ「壮観」大高森がある。

 日本三景「松島」の小島の群がりは、その内側に抱かれる格好で点在する。
 大津波の被害も、とうぜん、松島湾内より外海側の奥松島に甚大であった。

 なかでも奥松島へのアプローチ、野蒜海岸が完膚なきまでの被害を被った。
 その惨状は、これまでにも繰り返し報告してきた。
 複雑に入り組む海岸線、狭間の低地からはいつまでも浸水した潮水が引かず、立ち入ることさえできない場所が長くのこっていた。

 そんな野蒜地区一帯が、気がついて見ればここ1~2年で、たしかな復興ぶりを遂げてきていた。
 そこには行政の力もあれば、住民の協力もあったろう、まず迅速といっていい。

 廃止後、震災復興メモリアルパークとして整備中の旧野蒜駅(震災遺構)は、憩いと交流のスペースに衣替え中。
 駅舎2階には大津波被害の実況を伝える展示室「伝承館」が昨秋オープンしていた。
 伝承館などに働くスタッフのなかにも津波被災者がいて、明日への希望を託しているかに見える。
 けっこうなことだ、けれど。

 それにしても、人気が少ない。
 これはきっと、都会暮らしのぼくの人いちばい寂しがり屋のせいだろう…とは思うのだが。
 そうして、おそらく、ここ宮城県でこれくらいなのだから、これから岩手県に入ったら…もっと人の姿が恋しくなるのだろうが。

 なにしろ〝復興〟のはずの工事が進んでも、それを喜ぶ人の笑顔がまだまだ少ない。
 それはこれから追々…のことなのだろう…けれども……