どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》被災地東北、18次<巡訪>/ ➅3日目(2)宮城県名取市閖上…丘の上の新生活    今回のテーマ「つぎのステップにむけて」

-No.1475-
★2017年10月05日(木曜日)
★11.3.11フクシマから → 2401日
★ オリンピックTOKYOまで → 1023日



















◆8月29日(火)、変貌する閖上

 去年、嵩上げ工事が急ピッチだったところに、今年はもう高層住宅や戸建て住宅街が完成しており、すでに入居も進んでいた。
 めざましい変貌ぶりに息を呑む想い……

 東日本大震災直後のこの地区。
 閖上大橋を渡って瓦礫撤去のトラック群が行き交う県道から、一歩、海側に入る途端に景観が一変、大津波被害の凄まじさに声もなかったことを、いまもありありと想い泛べることができる。

 その同じ閖上地区への入り口付近が、さっぱりとした表情になっていた。
 嵩上げ台地上には、寺の新築、墓地の引っ越し風景も見られて。
 あの《11.3.11》はすでに遠い過去のよう。

 港に出ると、これまでは立ち入れなかった外浜まで行けるようになっており。
 分厚く囲われた防潮堤から眺める太平洋の広がりに、あらためて、ここを襲った津波のいかに大きかったかを思い知らされたものの。

 しかし…けれども、ここ閖上地区に〝震災・津波遺構〟らしいものは見られない。
 記念物を遺すか否かも、たしかに住民の意向次第ではあろうが。
 <災害は忘れた頃にやってくる>ことも事実。

「やっと、少ぅし、気が晴れましたか…ね」
 復興を待ち望む住民の声は切実だ、けれど、それにしても。

「これで、もう、あと百年くらいはこんなことない、そうでしょう」
 大津波から1年半と経たない復興商店街で聞いた、あの声も忘れられない。

 築堤からやり直された名取川の河口に、釣りを楽しむ人たちの姿にも屈託がない。
 同じ河口の岸から、亡き同僚に手向けの花束、やりきれない想いをこめて乱暴に投げていた青年があった、あの日のことも脳裡にはいまも鮮烈なだけに。
 ぼくは、ただ茫然と立ち竦む……