どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》被災地東北、18次<巡訪>/ ➄3日目(1)宮城県亘理市…北朝鮮のミサイル騒ぎ    今回のテーマ「つぎのステップにむけて」

-No.1474-
★2017年10月04日(水曜日)
★11.3.11フクシマから → 2400日
★ オリンピックTOKYOまで → 1024日




◆8月29日(火)、早朝のJアラート警報

 きのう投宿した亘理町宮城県)の宿は、国道6号沿いのファミリーロッジ旅籠屋
 欧米型1泊朝食付きの、まぁいたって簡易な、いってみれば気ままな宿り。

 翌朝、ぼくはいつものように早く目覚めた。
 旅の疲れはあるわけだが、早朝の目覚めはかわらない、むしろ始動のスウィッチ・オンは機敏である。

 夜明けのコーヒーをかかせないボクは、いつでもどこでも、部屋へカップとインスタントコーヒーの持ち込みを忘れない。
 あとはポットの湯さえあればよい、窓辺に外の空気を感じながら、極上の癒しのひとときをすごせる。

 それが、この朝は無粋に破られた。6時をすぎた頃であったか……
 顔を洗いに立った洗面所、脇の小窓から、防災無線のサイレンにつづいてJアラート(全国瞬時警報システム)放送の音声が流れた。
北朝鮮からミサイルが発射された模様」
「コンクリートのビルか地下に避難してください」
 
 (なにを言ってるんだか…どうにもなりゃせんだろが…)
 ぼくは、そう想いながら2階フロアの部屋から階下へと降りたが、ほかに宿泊客の動きとてない。
 あてもなく眺めやる西の空は曇り、天気は下り坂にむかう気配。

 それにしても、このなんとも言いようのない非現実感、無力感、脱力感はなんだろう。
 亘理町も小さいながら市街地らしきものはあるのだが、<頑丈なビル>といえるような建築は見あたらず、ましてや<地下室>なぞ望むべくもなく。

 ただ…すぐ表の国道には早朝の車の往来、スピードを上げてひっきりもない。
 これ、もちろん避難を急ぐものではなく、いつもの通勤先に急ぐため。

 Jアラートの放送内容をまだ知らないでいるか、聞いてもどうなるものでもない…見えない背中あわせの日常か。
 (カミさんはいっとき、この車の動きを、てっきり避難目的のものと勘違いしていたらしい、けれども)
 はっきり「騒ぐだけバカ」な空気。
 
 部屋にもどると、ともあれカミさんと、まずは、ナニごとがあってもいいように、すぐにでも行動にうつれるように、手荷物の整理。
北朝鮮から発射されたミサイルは、この地域の上空を通過した模様です」
 Jアラートの新たな情報は、たしかにそういったので、すぐ頭上の可能性もあるかと想ったのだ、が。

 そうこうするうちに。
「ミサイルは北海道えりも岬の沖1180kmの太平洋上に落下したと見られます」
 テレビの速報画面に、フ…と気が抜ける。
 (Jアラートが警報を鳴らした頃には、すでにミサイルはこの国の頭上を飛び越えていた……)
 しかも、そのJアラート警報はこのたび、なんと北海道から長野県までの12道県を対象に出されたものという、ではないか。
 (脅威に追いつく策とてなし)

 テレビ画面にも、大都会のいつもの朝の光景が映し出され。
 それを横目に、カフェオレにパンのきわめてシンプルな朝食をすませて8時半すぎ、宿を後にする頃には、もういつものなんでもない空気と時の流れになっていた。

 ……………

 この<巡訪>の旅から帰ってすぐの9月15日にも、北朝鮮のミサイルが、ほぼ同じ弾道でニッポンの上空を飛び越えて行った。
 その警報が、あまりに都会向けにすぎ田舎では現実離れでしかなかったことを反省したものと見え、Jアラートの警報内容には少し変化があった。
 「なるべく頑丈な建物に…」と、無理な注文の<コンクリート・ビル>や<地下室>への避難指示はとりさげられた。

 それにしても。
 この国の首相は、なんと情けないものか。
 「北朝鮮の脅威」を訴えることと、そのためにはアメリカの核の傘に頼ること、にしか、下落した政権支持率の回復を図る手だてがない、とは。

 くわえて政権が国民に指導した訓練内容たるや、70年以上も前、先の大戦のときの貧弱としか言いようのない防空対策となんら変わるところがない。
 この期におよんで、ただ「頭を抱えてうずくまれ」と言うばかりの現政権に、とりあえず不安な庶民は頼るふりをして見せながら、その実、心のなかではとても(頼りにはならない)こと、シカか見抜いている。

 さて。
 どうなる……どうする……