どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》被災地東北、18次<巡訪>/ ➃2日目(2)宮城県岩沼市…千年希望の丘    今回のテーマ「つぎのステップにむけて」

-No.1473-
★2017年10月03日(火曜日)
★11.3.11フクシマから → 2399日
★ オリンピックTOKYOまで → 1025日





◆8月28日(月)、さよなら<キツネつき>

 磐梯吾妻スカイラインでとり憑かれたキツネ、後ろの席から山に帰ってもらおう…と。
 東北道から仙台東部道路、風をきって快走。
 「もう、よかろう」と岩沼ICに下りる。

 阿武隈川の河口、沖積平野に位置する岩沼市というのは、これまでは仙台空港(お隣り名取市との間にまたがる)のあるところ…くらいの認識で、あまり馴染みがなかった。
 《11.3.11》後も1年ほどは、ぼくの注目ポイントになかった。

 潮の目がかわったのは2013年。
 津波の被害を被った沿岸海浜に、瓦礫を積み上げて造る「千年希望の丘」プロジェクトがあることを知ってからだった。

 もともとそこは、仙台市からつづく貞山堀の海側にあった「岩沼海浜緑地」の辺り、かつては仙台亘理自転車道が通っていたらしい。
 けれども。
 さっそく訪ねてみた2013年当時のそこは、まだ一面に潮水ののこる湿地状態、瓦礫や流木の山が連なるばかりであったが……

 そこで始められた、将来は防潮林になる苗木の植樹活動。タブノキシラカシなどの常緑広葉樹、およそ30万本という官民あげてのことに<希望>を感じた。
 そうして年とともにカタチができ、公園へと整備されてきた、約5キロにもおよぶという「千年希望の丘」。
 ことしで5回目、広くボランティアを募っての植樹祭をもって、ほぼ完成を見た。

 いくつも点在する円い丘からは、仙台空港に離着陸する飛行機が望め、丘上にはイザというときに備える防災用品・食品も格納されている。
 園地にはいま、親子づれで憩う地元民の姿もある。

 だけど…さぁ。
 ここへ辿り着くのは、いまも変わらずムズカシい。
 ナビには、まだ名称での索引登録がなく(少なくともボクの車載ナビには…)、適当な所在地名を入力しても現地に近づいて役にたたない。
 (まぁだ子ギツネめ、後ろの席にいるみたい)だ。

 人に尋ねても、応えはさまざま、さだまらない。
 30ヘクタールもの広さは<漠然>としており、しかし、地球大地の在り様からすればわずかな一点にすぎない…のだった。

 もうひとつ気になるのは、植栽のその後のこと。
 先行して植樹のすんだ区域には、すでに雑草の繁茂が著しく、歩行路にまで勢力を伸ばしている。
 市でもとうぜん、対策は考えているのだろう、が。
 
 ぼくの見るところ、公園緑地課など通常業務の管理だけでは無理な気がする。
 植樹祭に参加してくれた人たちに声をかけつづけ、「千年希望の丘つづけるプロジェクト」みたいな組織化を目指すべきだろう。
 それがひいては、<災害に敏感でつよい国民>をつくることにもなるはずだから……

 1日を終え、国道6号沿いの宿へと走る。 
 ドライビングの感覚が、心なしか軽くなったような。
 (日暮れて小ギツネめ、やっとお山へ帰ったか…)