どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》被災地東北、18次<巡訪>/ 出発前日の「ギョエー!」

-No.1467-
★2017年09月27日(水曜日)
★11.3.11フクシマから → 2393日
★ オリンピックTOKYOまで → 1031日



◆8月26日(土)、「いざ」というときに…

 降って湧いたような晴天の霹靂。
 吾ながらひさかたぶりのことにアタフタ、のひとコマがあった。

 出発前日の朝。
 身支度から携行するものまで、すべて、ひととおり準備ができて。
 〆くくりに、髪〔あたま〕をさっぱり刈ってもらおうと、かねて予約の床屋、行きつけの店へ出かけようと、軽装で。
 車にエンジンを…かけようとしたが、かからない。
 眼をぱちくり、首をふりふり、再トライ、再々トライするも、かからず。
 
 メーターパネルの駆動モード表示灯が弱弱しく赤く明滅するばかりで、ウンともスンともない。
「どうしたの?…」
 心配げなかみさんの声が啓示のごとく、脳裡に閃く。
「おかしいな…バッテリーだろか?」

 エンジンがかからない、そのことよりも(明日からの旅はどうなる)不安が色濃い。
 ほかに手だてなく、JAF(日本自動車連盟)のロードサービスにTEL、これも絶えて久しいことになる。
 ひといき入れて床屋にも、とりあえず「予約キャンセル」の一報。
 念のため後刻の予約状況を訊ねるも「いっぱいです」、これで「頭をさっぱり」の望みは儚い夢と消える。

 夏休みも終盤とはいえ週末、およそ1時間後にJAFの<お助け>到着。
 まず、ぼくの会員証を見て「ありがとうございます」と鄭重な挨拶。1980年入会のぼくは会員歴37年であった。

 いま想いだす、入会のきっかけは37年前、新米ドライバー時代のキーの車内閉じ込め。
 急行してくれたサービスマンに勧められてその場で入会したわけだが、それ以来、自車ではJAFのお世話になっていない。
 半端ではないこれまでの走行距離を想えば、勲章ものといってもいい。

 結果は、やはり「バッテリーあがり」。しかし、ぼくにはそんな原因になる身に覚えがない。
 バッテリーも取り替えたばかり、保証期間内のものだった。
 
 とりあえずの応急バッテリーチャージをしてもらって、後は販売店に原因調べと調整を頼む。
 長旅をひかえての不安除去がすべて…で、午前中がすぎた。

 午後も待機の時がながれ、夕刻近く担当者から連絡あり。
 「原因はわからない、バッテリーチャージに万全を期すため明朝まで時間をもらえないか」とのこと。

 それはコマる。
 1日の行程は、その朝の出だしでほぼ決まる。朝発てなければ1日無駄も同じ。
 走りだしてしまえば、あとは毎日が長距離走行の連続、バッテリーの不安も吹き飛ばしてくれるはずだった。

 夜9時すぎ、車が帰宅するのを待ち焦がれて、二人で景気づけの乾杯。
 ぼくは(この頭どうしてくれよう)と髪をぼりぼり、ベッドに転げこむ。
 ともあれ、やっと予定どおりに出発できる安堵感から、この夜の眠りはいつになくディープであった。