どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

大腸ポリープ切除…後の組織検査もクリアしての今回<巡行>の旅でした

-No.1461-
★2017年09月21日(木曜日)
★11.3.11フクシマから → 2387日
★ オリンピックTOKYOまで → 1037日

*18日間にわたる《11.3.11》被災地東北、18次<巡行>2017夏…の報告、帰宅後1週間の猶予をいただきましたが、未だに追いつかない写真整理をつづけながら…になりますけれども、とりあえず27日(水)から始めさせていただきます。お待たせしました*



◆この夏、旅立ちの前に、20年ぶりの大腸内視鏡検査を受け

 その結果までがナント20年前と同じ、ポリープ2つを切除(摘出)してもらって…ぶじ〝生還〟などと、おおげさな話しをしました。
 そんな気分だったのは、ホントのことだったんですが。
 
 じつは、その時点ではまだ「確定無罪ではない」気がかりがのこってまして。
 それは、切除したポリープの組織検査をしてみないと「◎」なのか「○」なのか、はたまた「△」か「×」かも知れませんでした。

 「自分のことは自分がいちばんよくわかっている」という言が、正しくもあり、また、とんでもない思い上がりでもある…ということ。
 この歳になると、さすがにそれくらいの智慧はありまして。

 いまは基本的にわるくないボクの体調、冗談でなしに、わが人生で最良といってもいいかも知れないいま現在なのですが……
 若い時分の「酒と煙草の日々」が、身体に響いていないわけもなし。
 若く盛んな肉体ほど癌の成長もまた早い、ということがあるいっぽう、細胞や組織にもいうまでもなく老化があるわけですから、「弱り目に祟り目」の厳しい現実もまたあるにチガイありません。
 どっちの目がでてもオカシくない、フシギでもない。

 ……………

 覚悟(これもけっして大袈裟ではなしに)のうえ、夏休みあけの胃腸科医院を訪れ、気息をととのえて自分の番を待つ時間の、まぁ長かったこと。
 
 でしたが…検査の結果は、内野安打ぎりぎりの「セーフ」。
 高校野球の審判よろしく、大きく両の手を広げてくれました。
 検査のとき担当(施術)医が言っていたとおり、5段階中の3番目「腺腫」でした。
 つまりは、まだ「癌化はしていない」段階。
 「3」と、「4」および「5」との差はヒドク違う。

「ラッキーでしたね」
 女医さんの言には二つの意味が籠められていました。
 ひとつは、「20年も放っておいて、このタイミングでこの程度ですんだ」ことがラッキー。
 もうひとつには、ポリープの1つは平たくて低い丘のような形状をしており、大腸の壁の陰に隠れて見すごされやすいタイプのもの。それが「見逃されずにすんだ」こともラッキー。

 ぼくは、これに懲りて来年からは毎年、大腸内視鏡検査をうけよう本気でいたのデスが。
「そうねぇ、こんどは3年後くらいでいいんじゃないかしら」
 とのこと。
 思わずフーッと気が抜けて。

 「生かされている」
 こんな言い方、若いときのボクだったら、気負いがすぎ、気障にすぎて反感をまねくだけだったでしょう、けれど。
 いまは、心底ナットクしていますから、サラリと言える。

 もう少し「生きられそう」。
 それが、じぶんでもビックリするくらいうれしくて……

 おかげさまで、予定どおり18度目の《11.3.11》被災地東北への<巡行>に出発、18日間の長途を旅して無事に帰ってくることができました。
  「ありがとう宙〔そら〕よ」
 ボクが、ベテラン漁師を真似て立てた人差指には、秋の風よろし……