どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

〝林地崩壊〟…九州北部豪雨の被害を決定的に大きくしたもの

-No.1400-
★2017年07月22日(土曜日)
★11.3.11フクシマから → 2326日
★ オリンピックTOKYOまで → 1098日




◆無視したツケを払わされたようなもの

 九州北部豪雨から1週間がすぎた7月12日。
 この時点で、死者25人。(行方・安否)不明20人の捜索がつづいている。
 いっぽう、大分県日田市の小野・大鶴の2地区では計110人の孤立解消にむけての道路復旧が進められている。

 その日田市で製材・木材販売業を営むYさんと連絡がとれ、事業所と従業員に被害はなかったことを聞いてひと安心だった。
 Yさんとは、ぼくがエコ・リフォーム活動を創めたときからの縁で、彼の事業に資するところはごくわずかながら、長いお付きあいをいただいている。
 環境・施工テストも兼ねたわが家のリフォームでは、壁と天井・床のほぼ半分がYさんのところから購入した日田杉材である。

 そのYさんが、こんどの土砂流出災害でも見のがせないのは「林地崩壊だ」と、つよい口調で言った。
 
 林地崩壊…読んで字の如し、林が崩れ落ちる…その林相はいうまでもない傾斜地である。
 日本の〝土砂崩れ〟は、ほとんどがこの林地崩壊によって起こる。地下水や川など、水の流れに浸食されて崩れる。
 林につよく地面を保持する力がない、樹々の根に土をがっちり抱きかかえる包容力(保水力)がない、ことを意味する。

 こんどの九州北部豪雨でも、支流クラスのひとつの水系が枝葉にあたる支脈までひっくるめて軒並み崩れ去り、多量の大木が流れて、下流に流木ダムを造って二次災害を起こしている。
 これがいま、日本列島のどこでも起きていることであり、これからも、どこで起きてもおかしくないことなのだ。

 日本の林相も、かつては自然に近い、生態系をたもつかたちの、いわゆる〝里山〟であった。
 それが〝人工林〟にとってかわられるようになったのは、戦後まもない1950年代から。復興の木材需要いっきの高まりをうけて、天然林の伐採が進んだ後を追う植林事業によってだった。

 当時の山持さんと汽車に乗りあわせたことがあり、進行する窓外に望める小山「あれが家の山です、いまの山の新しい木が育って売れるのは、孫の時代になるかも知れんですがね」、老人はゆったりと笑ったものだった。
 学生時代の友には、小さいながら山持の家の息子がいて、麻雀遊びの負けがこむと「しょうがねぇ、ヤマの木一本売ってくるかぁ」冗談めかして言ってたっけな…。

 その植林も、住宅建設に重宝されるスギ、ヒノキなど針葉樹の単相林が圧倒的に多かったわけだが、これらの針葉樹は広葉樹にくらべ根張りのつよさや保水力が小さい。
 また、人工林は〝育成林〟ともいうように人の手入れが必要不可欠で、除草、下草刈り、つる切り、間伐、枝打ち、除伐と木の成長につれ、世話はその一生にわたる。
 世話をしてやらないと、植生に安定感をたもてない。

 その後、70年代後半から80年代にかけては、規制緩和による安い外材輸入の急増があって、国産材の価格が暴落。採算のとれなくなった人工林の多くが放置され、したがって手入れもされない悪循環が林地を脆弱なものにした、つまり森林のいちじるしい体力劣化、生命力の衰えだ。

 地球規模で見た場合、森林面積全体に占める人工林の割合は、全世界では約5%なのに、日本では約40%にものぼる、という。

 戦後の復興という一大事を考えれば、一時の人工林急増にはやむをえないところもある。
 いまは、その方向性の大胆な転換がもとめられている、のに、国は根本の農業や林業にハッキリいって冷たい。
 そのつれない仕打ちが招いた林地崩壊と言ってもいい。

 「国土強靭化法」が成立したのは2013年だが、実効のほどは、まだ知れない。
 かぎりある財源の活用にバラマキは論外だし、人口も減少に向かっているときに考えるべき基本は、〝網羅〟や〝拡大〟の策ではない、要所々々にしぼっての安定化であろう。
 どうか、そうあってほしいと希うばかりだ。

*写真、左は人工林(左側)と天然林(右側)の境界、右は人工の針葉樹林(ウィキペディアより)*