どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

ネコザメ…猫耳、豚鼻に髭、そしてネジくれ卵の不思議

-No.1393-
★2017年07月15日(土曜日)
★《3.11》フクシマから → 2319日
★ オリンピック東京まで → 1105日







◆卵の鞘がネジれるワケ

 全紙半裁くらいの大きなポスター。
 「世界の渡り鳥」とか、「珍しい動物たち」とか、「鯨類と海獣たち」とか、「ほぉ!」と見る者の目を驚かす展示画。
 そんな一枚、タイトルこそなかったけれど、まちがいなく「さまざまな卵」の図に出逢ったのは、どこだったろう。もう、覚えていない。

 けれども。
 大小さまざま、色も柄もとりどり、いわゆる〝卵〟型のオンパレードのなかに、ひときわ目を惹く奇妙なカタチの(これもナニかの卵か?)というのがあった。
 それはネジ式とでも言ったらいいのか、形状まさしくドリルそのままの螺旋状。

 この卵図には、ほかにも紐のような髭のようなものを絡ませたものとか、いかにも意味深長な窪みをそなえたものとか…ずいぶん奇妙な形が混じっていたのだ、けれど。
 まさにスポットライトがあたったごとく、子ども心を鷲づかみにしたのは右下の方の一画、そこにあったネジくれた卵であった。

 ……………

 しかし、子どものボクにとっては日々が好奇心の積み重ねで。
 この奇妙な卵のことも(ナンの卵か…すら知れなかったわけだからやむをえないが)いつのまにか、忘却の懐ふかく入ってしまった。

 それが、なんと幾十年ぶりかに、ひょんなことから、記憶の襞の隙間からヒョイと浮かび上ってきたのだった。
 それは、どこであったか、ともあれ水族館にはちがいない。

 近ごろ流行の〝ふれあい展示〟という、野外に設えられたタイドプールふうの浅い、ナマコとかヒトデとかウニなんかと一緒の水槽で、出逢ったのがネコザメの仔魚。
「さわってごらん」
 ほかにも小型の、ごくおとなしいサメたちが何匹かいたと思うが、ぼくはネコザメにひとめ惚れ。

 体型は鮫にちがいなかったが、吻(ふん=口さき)が尖っていないので『ジョーズ』みたいには畏怖感はなく、両眼の上には猫の耳を想わせる皮膚の隆起があって、そういえば名前どおりの縞々(淡褐色の地に濃褐色のストライプ)模様が親近感をただよわせて、『となりのトトロ』のネコバスみたいに思えた。

 それでも、やっぱりオソルオソル触ってみたら、(なるほどサメ肌とはこれのことか)満足と安堵の実感があった。
 なにか気になることがあれば調べる、これは子どもの頃からかわらないボクの美質(といっていいだろう)。

 そうしたら、子どもの頃に出逢ったあの不思議体験と感動の再会、となってしまったのだった。
 あの、スポットライト幻視のなかにあった〝ネジ式卵〟が、ほかでもないネコザメのものだったのダ!

 ネコザメは、成熟しても体長1メートルちょっとくらいの小型のサメで、別名「サザエワリ」。
 これは、口まわりが俗に〝豚鼻に髭〟と呼ばれるオカシな形であることとあわせて、ぼくはまだ見たことがない。〝豚鼻に髭〟は、こんど展示水槽を注意ぶかく観察しようと思う…が、サザエワリのほうは、ネコザメが夜行性であること、ぼくはダイビングをしないこと、とをあわせると実見は無理かも知れない。

 遊泳力が弱いといわれるのも、きっと食性のせいだろう。餌として狙う相手が貝類とか甲殻類とかなら慌てることはないわけだ。胸鰭で海底を歩くように移動する、という。この習性をさらに特化させたのが珊瑚礁海域に生きるウォーキングシャークというわけだろう。

 そうして、もっとも注目されるのがネコザメの生殖、ということになる。
 ネコザメは、セックスからしてアクティブ。
 オスが烈しくメスの口や首に噛みつき抱きしめるラッコほどではなにしても、魚たちのなかにだって求愛のオスがメスの首すじなどに噛みつくものがあるが、ネコザメもまたその仲間に入る。

 しかし、そこからさき産卵の場面ではオスは退場、メスだけが独占の境地になる。
 産卵の季節は、盛りの春から秋ころまで、メスは1度に2個ずつの卵を産み、それがアノ不思議にネジれた卵というわけで、これを3~6回ほど繰り返すという。

 では、ネコザメの雌は、この卵をどうやって産みだすのか?
 もちろん、マサカ、そっくりこのままの形態で産みおとされるわけではない(メスの産道が傷ついてしまう)。産卵直後の卵鞘(鳥の卵の卵殻にあたる)は淡褐色の軟らかいもの、それが数日かけて硬化し黒ずんでくるのだという。それにともなって形もネジれてくるらしい。
 つまり、ネコザメの卵は将来の仔魚ばかりでなく、卵を保護する〝外壁〟もともに、産みおとされてからも成長する。

 ここで、ネジくれ卵の形状を仔細に観察すると、元から先へいくにしたがって太くなっていることがワカる。
 ナゼ…か?
 鳥の卵を想ってみてください。

 あれも縦長・長楕円形いわゆる〝卵形〟の、丸みの太さ(厚さ?)が違っている。
 とかく卵というと、「コロンブスの卵」に連想がとんでしまいがちだ、けれど。
 鳥の卵があの形になっているのは、じつは〝卵が巣から落ちない仕掛け〟。
 それで、コロコロ転げ出ないように、たとえ転んでも〝外転〟ではなく〝内転〟するように、じつにうまくデキている。

 ネコザメの〝ネジくれ卵〟(の卵鞘)も、そういう秘かなタクラミの仕掛けだとボクは思う。
 岩の隙間や海藻の間などに産みおとされた卵は、螺旋状の襞のおかげもあって、海流に流され運ばれてしまうことがないようになっているのダ。
 
 生みおとされた仔のほうは、とにもかくにも、〝ネジくれ卵〟に守られ育まれ、約1年かけて成長を遂げ、誕生(?)するときにはメスで約18cm、オスで60cmくらいになっているという。

 どの生物のどんな卵にも、生存にかける仕掛け・秘密が凝らされているわけだが、ネコザメの場合はその究極の一例といってもいいと思われる。

◆ネコザメから、ぼくに連想されたこと

 
 「さめ肌」というのが、じつはいまひとつ、よくワカラナイ時期が長くあった。

 おろし金に、木の板の台に鮫の皮を張り、密集する小さな丸い突起で滑らかに擂りおろすことができる、ほぼワサビ専用といっていい「鮫皮おろし」というのがある。
 これに初めて触れたとき、いっぺんに「さめ肌」が実感され、あわせて、この「さめ」には掛詞〔かけことば〕のような作用があることまで一挙に感得できてしまった覚えがある。

 つまり、「さめ」は「鮫」に似かよって「冷め」であり、あるいは「醒め」であって、また「褪め」でもあるのだった。

 「さめざめ」と泣く、という表現がある。
 しきりに涙をながして泣く態をいって、もちろん声も漏れるわけだけれど、この「さめざめ」には「しみじみ」と深く心に沁みるふんいきも含まれる。なにかが引き金になるかたちで「ふと吾にかえって心の底から」泣けてしまうのがわかる。
 このときの「さめ」にも「醒め」があって、それは「褪め」をふくんで、そこには怖いくらいに「冷め」たものも内包されているのだった。

 「さめざめ」と泣くのには、「しくしく」でもなく「めそめそ」とも違った心模様の籠っているのが、いやおうなしに傍にいる者にも沁みて伝わる。
 「さめざめ」と泣くのは、きっと女性ならではの生理によるのであろう、これに勝てる男性はおろか、そつなく対処できる男は、まずない。

 「さめざめ」と泣かれた覚えが、ぼくにもある。
 そのとき彼女は、もてあまして肩を撫でるしかないぼくに、言ったものだ。
 「泣けるの、しばらく泣いてなかったからね、いいでしょ、泣けるのよ」