どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》被災地巡礼、2017春・ぐるっと福島/3日目②…飯舘村の〝復興〟への槌音

-No.1363-
★2017年06月15日(木曜日)
★《3.11》フクシマから → 2289日
★ オリンピック東京まで → 1135日









放射能汚染被災地にようやく見えてきた人の動き

 《11.3.11》からの6年ほど、飯舘村役場の仮庁舎が置かれていた飯野町を経て、川俣町に入る。
 国道114号(富岡街道)にある道の駅「川俣シルクピア」に立ち寄ってみると、ふだんの人出にもどった感があった。

 飯舘村、川俣町、浪江町、3町村にだされていた避難指示の一部が解除になったのは3月31日のこと。
 これで避難指示区域は、あいかわらず高い放射線量の「帰還困難地域」をのこすだけになり、翌4月1日には富岡町にも解除があった。
 帰還困難区域のない川俣町の場合は、これで全町が避難解除になったわけである。

 しかしその一方では、全町が帰還困難区域のままの双葉町大熊町のほか、計5市町村(飯舘、浪江、富岡、南相馬、葛尾)にはまだ帰還困難区域がのこるから、実際は〝避難解除は表向き〟にすぎない。

 国道114号を浪江町方面へさらに進むと山木屋地区。
 じつは福島第一原発事故の直後、ぼくは、ここにあったオートキャンプ場を取材のベースに考えたのだが、予測よりも西北に広がった放射能汚染地域のなかにここもスッポリ含まれてしまい、すでに電話も通じなくなっていたのだった。

 現在の山木屋地区で明るい話題はソーラー発電、なかでも「ソーラーシェアリング」が農民たちの関心を集めている。
 ソーラーシェアリングというのは、耕作地の上3メートルほどの高さに支柱を立て、藤棚のような架台に太陽光パネルを設置、営農しながらに発電(売電)も行おうというもの。もちろん架台には、下の作物にもちゃんと太陽光があたるような隙間が設けられている。

 いわば「農業+発電」の2階建て方式で、まだまだ研究課題も多いというものの、うまくいけば数年で設備投資分が回収できるという。
 すばらしい発想の転換というか、困らされてもめげない気骨精神の発露というか、いずれにしても見上げたものだ。
 
 これから飯舘村へと向かう、途中にそんな光景が発見できればありがたい…と思ったわけだけれど、ざんねん、走る道すじに見えるのは、除染作業で出た汚染土などを収納する大きな袋、フレコンバッグを集め連ねたあいかわらずの被災地風景でしかなかった。

 ……………

 やがて、国道114号に「この先、通行止め」の標識看板がでて、帰還困難区域に近づいたことを知らされる。
 この道はいずれ、浪江町の山間部、ホッとスポットの津島地区に至る。

 その手前で、ぼくらは町村境、比曾坂越えの県道に左折、飯舘村に入る。
 この道も飯舘村の帰還困難区域、長泥地区に至るわけだが、さいわい〝進入禁止〟バリケードの少し手前で国道399号に左折することができる。
 6年にもわたって幾度も通ううちには、不慣れな道にもだんだん詳しくなってくる。

 ……………

 飯舘村の役場に着くと、駐車場には〝所狭し〟いう感じに、車がおしかけて盛況。自家用の乗用車もあれば、なにかしらの業務用であろうボックスタイプの車も多く、なかの1台のバゲッジルームからはドローンがもちだされて、なにかの「調査です」とのこと。
 これまで仮庁舎に移転を余儀なくされていた役場機能のもどったウレシさ、無言のうちにも隠しきれないように見える。

 ぼくも、あのとき以来はじめて、役場内に入れてもらう。
 復興対策課の若手職員さんに、いくつかのことをたずね、所在などを教えてもらう…そんな些細なことでさえ、これまではずっとできないでいた。
 役場でも把握できていないことが、なかに1件あったが、これはやむをえない。いまは、情報によっては、役所より民間レベルの方が早かったりする。

 役場のすぐ脇では、運動公園の建設が進んで、町民の帰還に応えようとしていた。
 そのすぐ近くでは、すでに紹介した「会津電力」の親戚筋とでもいうべき「飯舘電力」の、小規模太陽光発電パネルがすでに暑い陽ざしを浴びていた。
 そのほか村内各地で、復興にむけたかずかずの村民福利施設が姿をみせはじめている。

 ことし5月には、待ちに待った7年ぶりの田植えが、村内8軒の稲作農家、作付面積計約7ヘクタールではじまっていた。秋になって収穫後、放射性物質の検査結果を待たないと、まだ出荷できるどうかはわからない、けれど。
 村では12年から試験的な栽培をし、検査もつづけてきており、これまでのところ基準値を超える放射性物質は検出されていないから、期待はおおきいのだった。

「まだまだこれから…だけどね」
 関係者は口をそろえる、が。
 除染作業員など復興工事関係者以外の人の動きがでてきた、というか、ここへきて一気に活発化してきたようで、これには関係者もいちように予想外の目を瞠っている。
 
 実際ボクらも、緑の曠野に人の姿を探してきたこれまでがウソのような、人車の動きに圧倒される想い。
 道端に車を一時停止させるのにも、はじめて、通過車両に注意の目をむけるようになっていた……