どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

新国立競技場まわりの人工地盤、ニセモノはいらない/学術会議の提言はイチャモンか…の後日談

-No.1344-
★2017年05月27日(土曜日)
★《3.11》フクシマから → 2270日
★ オリンピック東京まで → 1154日




 「ご意見番のもたつき」という小見出しの記事を、5月25日に書きました。

◆その後日談です

 案外に早い決着…のように思われるのには、ワケがあります。
 つまり、じつはこれ、ボクがこのテーマをとりあげる時期が遅れた所為でした。

 話しのもとになったのは4月17日の新聞報道。
 日本学術会議の「都市と自然と環境分科会」が、やっと再スタート(採用)されたばかりの新国立競技場計画案に提言をしたわけですが、それは提言というより、ハッキリ言えば「文句をつけた」ようなものでした。

 その趣旨は「周辺の緑化を”人口地盤”の上に整備したのでは”負のレガシー”にしかならない、この計画にはマインド(志)がない」というもの。
 ずいぶんヒドイ言いようで、設計者、隈研吾さんの贔屓筋でなくてもカチンとくる。
 日本学術会議といえば、科学的良識からの「ご意見番」として知られますが、今度の場合は、これじゃまるで頑固な”横町のご隠居”。

 再スタートからすでに1年余を経て、躯体工事が始まってしまってからでは、提言の裏付けとなる検証などいろいろあったにしても遅すぎるし、提言にスピード感がなさすぎるうえに、タイミングもよくない。
 ぼくは、そう言ったわけです。

 それが、1ヶ月あまり後の5月24日になって、急転直下「人口地盤縮小」の記者発表という事態になりました。
 「ざんねんながら時間に余裕がない」と、提言に対して否定的見解だった事業主体のJSC(日本スポーツ振興センター)が譲歩。

 しからば、その内容は…と言えば。
 人口地盤予定の約20、000㎡のうち、およそ6分の1の約3,300㎡を削って、提言どおり、渋谷川のせせらぎなど造成公園の一部を地上にする、というもの。

 この譲歩案に対する学術会議側のコメントは記事にありませんでしたが、ぼくは正直(………なぁんでぇ)肩透かしを喰らった気分。
 どうやら水面下で、”オトシどころ”を探る駆け引きがあったものと思われ。

「必要な機能を満たしながら、どこまで削れるかを検討してきた。ずっとひっかかっていた宿題を一つ解決できた思いだ」
 記者会見に立ち合った隈研吾さんのコメントにも、「この計画にはマインド(志)がない」とまで酷評された設計者の”オトナの対応”ぶりが透けてみえた。

 はたしてこれで、学術会議が指摘する「コンクリート人工地盤上の緑化などニセモノの森」が解決されるものなのか。
 コンクリートの寿命は50年だから「”杜のスタジアム(新国立のキャッチフレーズ)”もそれでおしまい」とする見解は、どうなるのか。
 
 それなら、いまや日本じゅう、いや、世界じゅうのあちこちが”負のレガシー”に侵食されつつある、といっていい。
 その現実をどうする、どう考えるのか。

 少なくとも、ぼくが指摘した課題への答えにはなっていない……