どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

新国立競技場まわりの人工地盤、ニセモノはいらない/学術会議の提言はイチャモンか…

-No.1342-
★2017年05月25日(木曜日)
★《3.11》フクシマから → 2268日
★ オリンピック東京まで → 1156日



ご意見番のもたつき

 あれこれスッタモンダがあって、それでもまぁなんとか、ようやく建設にこぎつけた新国立競技場。
 そこへ日本学術会議(都市と自然と環境分科会)から計画見直しをもとめる提言があった、と報道されたのは4月17日のことだった。

 提言の趣旨は、周辺の緑化を”人口地盤”の上に整備したのでは”負のレガシー”にしかならない、この計画にはマインド(志)がない、というのだ。
 (ご隠居さん、どうしました…)
 と、ぼくは思った。なにかムシのいどころでもわるいのか…と。

 ぼくの基本的なスタンスは、日本学術会議という”科学者の代表機関”を尊重する。
 お目付け役は、やはり、いつ、なんどきも必要である。
 しかし、こんどの場合はご意見番というより、まるで横町のご隠居。
 陽も高くなってから、よろめき出てきたような印象をうけた。

 この提言、15年にも同じ趣旨の提言があったから、じつは再提言である。
 当初ザハ・ハディド案に難があって、出直しコンペの末、いまの隈研吾案に決まったのが16年1月。
 それからの1年余は、提言の裏付けとなる検証などいろいろあったにしても、遅すぎる、スピード感がなさすぎる。
 しかも、躯体工事が始まってしまってからという、タイミングもわるすぎた。

 たしかに、提言が言う「コンクリート人工地盤上の緑化などニセモノの森」は、そのとおりであろう。
 「コンクリートの寿命は50年だそうだから、”杜のスタジアム(新国立のキャッチフレーズ)”もそれでおしまい」かも知れないが……
 
 それなら、いまや日本じゅうが、いや、ごく一部を除く世界じゅうが”負のレガシー”に覆いつくされている、といっていい。
 その現実をどうする、どう考えるのか。

 ぼくらが学生だった頃にくらべると、ずいぶん学者さんの世界も現実的になってはきたけれど、これではまだまだと言わざるをえない。
 こまかく言えば、人口地盤といっても非常時観客の退避場所用に考えられている部分については容認する、という。
 問題なのは、計画(当初案)の白紙撤回があったとき、その撤回範囲を競技場本体にかぎり人口地盤までは含まないと考えたことだ、という。

 …のであれば、その二点を庶民にもわかりやすく、メディアをとおして広報につとめればいい。
 フォーラムを呼びかけることだって、できたろう。
 もっと早くに、人の気をそらさない時期に。
 設計者、隈健吾さんもまじえた場がもてたら、また別の展開があったかも知れない。

 案の定、事業主体のJSC(日本スポーツ振興センター)は「ざんねんながら時間に余裕がない」としている。
 すでに出遅れている工事に、見直しのゆとりがない、のもたしかだろう。

 ご意見番には、今後もあること、もっと生きた世の中というものを熟視してほしい。
 いまの政権が「うるさいご意見番は嫌い」なのは確かだが。
 それを逆手にとるくらいの智慧をしぼらないとイケナイ、のではないか。

 このたびのありよう、対処法の拙劣。
 イチャモンとはいわないまでも、ざんねんながら…かなりそれに近い。