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どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

卵の孵化…わが子の誕生を見とどけて一生をおえるミズダコの母性

-No.1327-
★2017年05月10日(水曜日)
★《3.11》フクシマから → 2253日
★ オリンピック東京まで → 1171日




◆無心に命をつなぐものたち

 ぼくは、じぶんでも呆れるくらいの魚好きだが、魚にかぎらず水界に棲むものが好き、淡水よりも海水が性にあう。
 なかでもイカとかタコとかの、頭足類に目がない。

 ほんとうを言えば、包丁の上手な人に捌いてもらったのを食べるのが、なんといっても最上なのだ、が。
 やはり、遠慮なしに思う存分に味わいたいとなれば、もちろん、みずからも包丁を手にする。
 
 イカなら、刺身であれ、そうめん造りであれ、身(胴体)ばかりではない。
 ふつうの店ではやらない耳(えんぺら=ひれ)も刺身に、足(じつは腕)も皮をむいて刺身につくる。

 ところが。
 これがタコになると、そうもいかない。
 幼時、家でタコが食卓にのるのは正月、酢ダコであり、茹でダコだったせいもある。
 漁から帰った舟のなかをのぞきこみ、つい手を出して、タコの足に吸いつかれたせいもある。
 (怖かった……)
 寿司ネタのタコもたいがい茹でダコだったし。
 
 生ダコの刺身づくりを経験したのは、じぶんで包丁を研げるようになってからだった。
 足の皮をむいて刺身にひくわけだけれど、この皮が厚く、ぐにゅぐにゅぬめぬめと手におえない。
 イカの足とはおおちがいであり、茹でダコにするときのように塩で揉むわけにもいかなかった。

 そんなふうに苦心してつくった刺身は、なるほど旨かったけれども、ふと溜息ものでもあった。
 もうひとつには、味わいの佳さで選んだ中ぐらいのタコでも、少ない家族には多すぎた。

 社会人になって、腕のいい小料理屋の大将からタコの扱い方を伝授してもらった。
 刺身については前記のとおり、薄めに透きとおるくらいに削ぎ切ればいい。

 むしろムズカシイのは茹で方で。
 店頭で家庭用に売られるものはもちろん、鮨屋なんかでもうっかりすると茹ですぎであった。

 ぼくが、それ以前の知識としてもっていたのは、茹でるときの塩少々に、番茶の葉を加えておくと、臭みがとれ色よく仕上がる、ということくらい。
 大将が上げた勘どころは3つ。

 1つ、鮮度のごくいいところを選び。
 2つ、これでもかというくらい根気よく、裏も返して、吸盤まで念入りに塩で揉み。
 3つ、口(カラストンビ)の周りに丸く切り込みを入れ神経を切り、目も切りとっておく。

 「あの目に見つめられると心もちがよくないから」と大将は言った。
 ぼくも、イカも含めた頭足類の頭脳がすぐれていることは知っていたから、これには異論なく。

 関西方面へ取材行の折り、帰途、名産と名高い明石に足をのばして活きたタコを買い、その場で〆てもらったのを発泡スチロールの箱に氷詰め、新幹線で持ち帰って茹でてみた。

 熱湯に足のほうからゆっくりと入れていくと足がきれいに丸くなり、茹で汁から旨そうな湯気が香りたつ。
 30秒くらいだろうか、待ちきれずに一度ひきあげて、足を2本、切りとって盆ざるへ。
 あとをまた茹で汁にもどして3分ばかり、濃いピンクに染まっていく色の鮮やかさをたよりに、ころあいを見はからって竹串を刺してみる。プツッとはちきれる音がいい。

 こうして茹であがった明石のタコ、旨味が極上だったのは言うまでもなくサッと湯通しの方だったが、これは保たない。
 ぼくとしてはしっかり茹でた方でも、下手な鮨屋のタコよりデキはよかった。

 さて……。
 これはマダコの話しで、関東まではタコといえばマダコ。
 資源が減ったいまは、遠くアフリカの海から飛んで来る。

 東北も北から北海道にかけては、ミズダコの世界になる。
 ミズダコもマダコの仲間だが、別名「オオダコ」(あるいは北海ダコ)とも言うように体長3~5m、体重15~50kgにもなるほどデカい、世界最大のタコ。
 最初にその名を聞いたときは、それほど大きくては味も大味であろう、ミズダコでは味も水っぽかろうと、敬遠ぎみだった。

 実際「ミズダコ」の名は肉質の柔らかさに由来するのだ、けれど。
 食べてみれば、マダコよりも歯ごたえ舌ざわりともによく、味わいもマダコに勝るとも劣らない。
 いちど足(腕)1本を丸ごと買ってみたことがあるが、それだけで買い物籠はズシリと腕に重かった。
 ついでに付記しておくと、あのぐにゅぐにゅした皮の細切りを酢の物にすると、これがバカに旨い。

 考えてみれば、そりゃそうなのだ。
 あの柔軟な筋肉のかたまりの力強さで天敵ほとんど無いにひとしく、カニ・エビの甲羅や貝類・ウニの殻を締め潰し、カラストンビで咬み砕いて好餌にしているのだ。多量のタウリンに恵まれてとうぜんだろう。

 人間だって締めつけられたら危ないのではないか。タコ漁師に尋ねたことがあるが。
「海の中だったら…わからん、けど。上げてしまえばこっちのもんさ。小さいのは逃げ足が早いが、でかいやつはわが身が重すぎて動くことなんねぇもの」
 とのことだった。

 ミズダコで旨いのは、もちろん刺身がいちばんだけれど、もうひとつイケルのが「たこしゃぶ」、足の先っぽの方は「おでん」に似あう。
 タコの頭(胴)の方を好む人は、女性を主に少なくないが、ミズダコのはこれもどでかくて柔らかく、ついでに値段も足より安いのでよろこばれる。ぼくなんかも、歯ごたえや舌ざわりの変化が愉しい。

 このように、いずれにしてもミズダコは食卓の酒の佳肴。
 いっぽう生きて海にある間は、これまではもっぱらモンスター級の役者であったわけだが。

 こころやさしい海洋生態学者やダイバーたちが伝えてくれる記録映像には、ときにシンと胸に迫るものがある。
 なかでも、ぼくがひとかたならず感動したのは、メスの8本の腕の舞ともいうべき、しなやかにやさしいシーン。

 ミズダコは海底の岩穴の天井に、ボーリングのピンあるいは新体操のクラブ(こん棒)に似た形状の卵を産むのだが。
 産卵の後、メスはこれらの卵を外敵から懸命に守る。8本の腕を流れるようにくねらせ揺らめかせて、さながら紗のカーテンを垂らし、口(漏斗)からは間断なく新鮮な海水をすべての卵に送りつづける。

 そうして孵化を見とどけると、メスは静かに吾が生涯をおえるのである。
 オスはそれよりも先、交尾がすむとすぐに一生をおえている。
 こうしてほかのタコたちと同様、大きなミズダコも2~3年、長くても4年の寿命を次代につないでいくのだ……