どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

久留米の「籃胎漆器」のお盆…なにげない生活道具を見なおす

-No.1341-
★2017年05月24日(水曜日)
★《3.11》フクシマから → 2267日
★ オリンピック東京まで → 1157日




◆「お盆」について

 …書こうと思ってハタと気がついた。
 生活道具の「お盆」と、精霊会の「お盆」とがあることに。

 あとにつづく言葉を待たないと、どちらのことかワカラナイ。
 辞書をひもといて見ると、丁寧語の「お盆」だとこれはもう「盂蘭盆」のことにキマリで、ふつうに「盆」と言ったときにようやく生活道具の「盆」が正面にでてくる。

 サンスクリット語に由来するといわれる「盂蘭盆」と生活道具の「盆」の間には、なんの因果関係もないわけだけれど、精霊棚にはお盆にのせて供物を奉げたので、子どもの頃は両者の間に密接な関係があるものとボクは思っていた。
 実際にわが家では、仏事には生活道具とは別格の「盆」の用意があったものだ。

 欧米の用語では「盆」は「トレイ」で、かぎりなく平板に近い皿状だけれど。
 日本の「盆」は、古くはもっと縁の高い器に近いものだったらしい。
 「盆栽」の「盆」とか「たばこ盆」とかが、この古形を伝えているのではないか、という気もする。
 
 博奕の場も「盆」と呼ばれる。
 博打うちのような無頼も存外に神仏に弱かったりするから、盂蘭盆に懸けたものか、あるいは「覆水盆に返らず」の意、わるいシャレのたぐいでもあろうか。

 西洋のトレイは、たいがい長方形か楕円だが、日本ではいまだに丸盆が根づよい人気と見え、載せるものによっては却って邪魔くさかったりするものの、案外につかい勝手はわるくない。

 わが家では亡くなった母が盆が好きで。
 木地の武骨に厚手の刳り盆など、いろいろとりそろえてあった。

 だれかの結婚式の引き出物に、漆塗りの丸盆を貰ったことがあったが、どうにも存在感の希薄な品で、指で叩いてみたら地はプラスチックと知れた。このときばかりは、もったいない精神の昔気質の母が、珍しく処分しようというぼくの意見に反対しなかった。

 たのもしいくらいしっかりした木造りが好きだったような母の趣味、中にひとつ、華奢な造りの盆がいまものこっていて、手に軽い。
 久留米の籃胎〔らんたい〕漆器の品である。

 「籃胎」は「籠地」ともいって、じつに手のこんで細かい芸。
 真竹のヒゴで編んだ籠(籃)に、珪藻土を塗って隙間を埋めたものを下地として内蔵(胎)し、色の違う漆を(たとえば黒→赤→黒のように)塗り重ねたあと、上塗り(この場合は黒)から中塗り(赤)を研ぎだす、漆加飾技法のひとつだ。

 竹ヒゴの編み方にもいろいろあるが、網代編みが基本で模様としても美しい。 
 製品にも花器、菓子器、文箱などの種類があるが、面の美しさが映えるのは、やはり丸盆だろう。
 家の籃胎漆器網代編みの小ぶりな丸盆は茶の給仕に似あい、ずいぶん時を経ているのに色も褪せず、器物の擦れた傷も少ない。

 籃胎漆器の歴史はかなり古いそうで、その祖型は縄文時代にまでさかのぼるという。
 ときを超えた生活道具の真髄、とでもいうべきか……