どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

北朝鮮の「銅像ビジネス」というちぐはぐ感…/  世界中にイライラ募らせる困りもの国家の行く末

-No.1303-
★2017年04月16日日曜日
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★ オリンピック東京まで → 1195日



◆「北朝鮮銅像ビジネス」

 …というタイトルの、なんとも現実とのちぐはぐ感つのる記事(東京新聞論説委員のワールド観望)に、目を吸いよせられたのは昨年も暮れ、12月20日のことだった。

 ジョージ・W・ブッシュ元(第43代)アメリカ大統領から「悪の枢軸」「ならず者国家」と罵倒された国は、現在の金正恩キム・ジョンウン体制になっても、箸にも棒にもかからぬ国際社会の超ヒンシュク国家にかわりなく、国連のいかなる制裁決議をもってしても、もはやどうにもならぬ、お手上げ状態。

 さらに日本人民にとっては、横田めぐみさんをはじめとする拉致被害者という人権・人道問題の根も深く、長いあいだ暗礁にのりあげたまんま。

 国家相手とは別ということで、疲弊に喘ぐ人民への人道支援は行なわれたものの、その実効は確かめられず、ちゃんと届いたのかどうかさえ疑わしい。
 いずれ自滅の道しかないはずの国家が、いまだにありづづける閉塞感……
 
 そんな絶望的な膠着状態に世界中を巻き込み、いい気なひとりよがり舞台上の北朝鮮

 対する国連安保理、核実験やミサイル発射に対する新たな制裁決議に、「北朝鮮による像の輸出を禁ずる」の一項があったというのを、スミマセンぼくは露知らずにいたわけで。
 平壌ピョンヤンの高台にあって高さ20メートルを超えるという、金日成〔キム・イルソン〕金正日キム・ジョンイル父子の銅像が想いだされて(ははぁ)と唸るばかりであった。

 論説委員の記事は、そこから説きおこして「北朝鮮が造る銅像はデキがよいと人気があるようで、海外から注文が入る」、それで得た外貨が核やミサイル開発に使われていると見なされたものだと、指摘する。

 そこで、しかしボクは首を傾げる、あの像はそんなにいいデキだったろうか?
 まぁ民族的には、漢民族も日本人とおなじモンゴロイド系(黄色人種)だから、手先・手技はたしかに器用なのであろうが、でもねぇ……
 あの程度は、日本ならごくありきたりなのではないか。

 国家直営の工房、万寿台〔マンスデ〕創作社を見学した同記者は、銅像ビジネスの得意先はアフリカ諸国だと報じており、たとえばセネガルボツワナナミビアコンゴトーゴなどの国々から引き合いがあることを伝えていた。

 さらに記事は、アフリカで現地調査にも携わる大学教授の観点として「北朝鮮社会主義リアリズム文化が写実的でしかも壮麗な作品を造る」とつづくのだが。ゴメンナサイ、ぼくには理解がとどかない。
 それよりもむしろ、つづけて指摘のあった「アフリカには、民主化してもじつは独裁体制の国が少なくない」という説明の方がはるかに説得力があった。

 そういうことなのであろう、つまりはシンパシーなのだ。
 おなじ後進性にあえぐ民族・国家として、欧米系(日本もこのなかに含まれる)諸国相手にはもちえない親近感があるにちがいない。
 そうしておそらくは、お値段も格安、それがなによりの強みなのであろう。

 (そうか…)とボクは、そこで思う。
 北朝鮮ビジネスというのは、じつは国のビジネスというほどもない、その実は市町村レベルの寄せ集めなのだな、と。
 その程度の稼ぎを、核開発だのミサイルだのに貢いでしまえば、人民にはおこぼれさえも届くまい。 
 そんな国家が無謀に突っ張りまくるのは、それだけが政権を死守する手段であるからだろう。

 結局、その記事は、万寿台創作社の活動拠点は北京とイタリアにもあるので、そこが制裁の抜け穴になるのではないか、との懸念を伝えたうえで。
 先に死去したキューバカストロ国家評議会議長の遺言「自分の銅像や記念碑はいっさい造ってはならない」を引用、同じ社会主義体制ながら、闇雲な個人崇拝路線を暴走しつづける北朝鮮との違いを指摘しておわる。
 さすがに、記事の仕上げはウマいものだったが。

 ……………

 この記事の切り抜きをボクがとっておいたのは、このような北朝鮮国家のむちゃくちゃなありようと、それに対して「断固容認できない」と「厳重抗議」のお題目を唱えるばかり、いっこうに実効を挙げられない国際社会に、もうずいぶん前から地球上のすべての人々が落胆の我慢をしいられつづけ、しかしそれもそろそろ限界に達してきている、からだった。

 そんな折も折、マレーシアで起きた金正男キム・ジョンナム氏毒殺という、ふざけた一幕が、見えない導火線に火を点けた。
 理由はどうあれ、実兄を闇に屠った冷酷無比の所業を、世界中の白日の下に曝してしまったことは、あまりにも効果が大きすぎた。

 アレコレすったもんだはあったけれども結局、事件への関与が疑われる人物の身柄を、正男氏の遺体とともに引きとることに成功した北朝鮮は、またいつものとおりの、やらずぶったくり、ウヤムヤ幕引きに成功。
 …と思ったら、こんどはどっこい、トンデモナイかも知れない。

 敵視しつづけてきたアメリカ側の陣営は、じつは”民意の風向き”を見ている。
 複雑怪奇な”しがらみ”絡まりあって、どうにもならない多重ディレンマの渦中。
 踏みにじってやりたいヤツを相手に、必要なのは武器よりも民意の支持だ。
 コトを起こしナシトゲても、避難されてはモトモコモない。

 いま、ポピュリズムにコーティングされた導火線の炎には不穏な勢いがある。
 キナ臭い、いやなニオイに鈍感ではいられない。

 シリアという、もうひとつ別の火種も、すでに火を吹いており。
 トランプ政権もまた、「オレだ、オレだ、オレだ」の突っ張りタイプ、北朝鮮にひけをとらない。

 しかし。
 なにがどうあっても、戦争という愚の骨頂の結末、いやというほど身に沁みている日本人民としては、ここはいまがいちばん忍耐のしどころ、自国がどうあるべきかの思案のしどころ。
 北朝鮮のすぐ対岸に、つまりトランプ・アメリカ軍の最前線にあってみれば、とうぜんのこと……