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どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

「桜まつり」を待つ〝墨堤〟の桜、そして浅草寺…多国籍の賑わい

-No.1293-
★2017年04月06日(木曜日)
★《3.11》フクシマから → 2219日
★ オリンピック東京まで → 1205日











春分の日の3月22日

 …は、春彼岸の中日。
 桜の開花も、いよいよ間近か、あるいはすでに開花か、といった美妙な頃。
 
 ことし、東京の開花は21日だったけれども、ぼくの住む町田は冷たい雨模様だったので「えっ」という感じ。
 家の脇にある緑道の、桜もまだ蕾が固かったし……
 油断していたら、近くの小山の陽ざしのいい斜面の桜はもう開いていて、いたずらっぽい少女に「くすっ」と笑われた気がした。

 ま、桜の季節は毎年こんなふうで、でも、こころは軽い。
 春彼岸の中日には都心の菩提寺へ墓参り、その後、桜花を訪ね歩くのが、これも習慣になり。

 まだ若く盛んなじぶん、花見といえば上野の山だったけれども、こっちはいつの間にか浅草、墨堤の桜のほうにシフトした。
 なにしろ上野の山はチャップイ(寒い)、ビールやお酒がすぐにおしっこ。
 ついでにこの頃の上野のお山は、世の中をなめきった若造ども、酒の楽しみかたも知らない狼藉者連中、あげくのはてにみっともなくもゲロゲロやって、花見どころの騒ぎじゃない。
 墨堤の風も冷たいが、空が開けるせいか底冷え感はなかった。

 そういうわけで、この春も浅草。
 墨堤を、吾妻橋を東へ渡って墨田区へ、墨堤通りの親水テラスを眼下に北へ歩いて、こんどは言問橋を西へ、台東区へと渡り返して浅草寺に詣でた。

 ことしの”めっけもん”は、墨田区役所に近い墨堤の「雅〔みやび〕」、早咲きの桜でプリンセス雅子にちなむ名をいただいており、その命の華やぎに頬を染めた風情は、むしろ愛子さまにお似あいかも知れなかった。
 桜よりひとあし早いハクモクレンの花。
 コブシの花とのちがいについては前にもふれたが、花が上向きに、ユリかチューリップに似て咲くモクレンには山の手の風情。いっぽう、ちょっとはしゃいで横向きに、大きく開くコブシの花には下町か山家の風情。
 そうしてボクの好みをいえば、花弁ぽってりと装いも上品なモクレンより、やっぱりお陽さまや風と遊ぶのが好きでやんちゃなコブシ…となる。

 墨堤には”桜祭り”の屋台も準備が整い、花見の酔客たちがそぞろ歩く日を待っていた。
 休日の橋上には女学生たちの自転車が、スカートに風をはらんで颯爽と駆け抜け。
 ふり仰ぎ、眺めまわせば、スカイツリーにゆきあう。

 浅草寺は、境内の多国籍の賑わいあいかわらず。
 香炉からたちのぼる煙りを身体じゅうにこすりつけ、娘たちは”ジャパニーズ・キモノ”着付けサービスの”馬子にも衣装”が、ときとともにフシギと板についてきているのがオカシかった。

 仲見世を雷門へと歩くと、どういうわけかいつものことで、このまま帰ってしまうのが惜しくなるのは、どういうことだろう。
 ぼくたちは、雷門前の梅林堂で落花生の素煎りを買いもとめ、浅草一丁目オレンジ通りの炉端居酒屋「銀鯱」で、「宮島つくね」など肴に一杯やってから、やっと家路についた。