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どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

築地に「水の都」の船着場はできるか

-No.1288-
★2017年04月01日(土曜日)
★《3.11》フクシマから → 2214日
★ オリンピック東京まで → 1210日








◆隅田川対岸から見る築地市場

 晴海からの帰り道、勝鬨橋南詰でバスを降りて、隅田川の畔。
 じつは、気がついてみるとボクが知っているのは、築地市場の場内・場外ばかりで、裏側というか勝手口は遊覧船から垣間見た程度でしかなかった。

 勝鬨橋下流側、築地大橋との間は、伊豆七島など近海ものの水揚げ桟橋。
 昼どきに近い市場は、もうあらかたの仕事がすんだ頃で、人車のうごきはほとんどない。
 隅田川の勝鬨橋より上流側を眺めると、聖路加タワーをバックに遊覧船が澪すじをひいてくる。
 なかなか美しい早春の景だ。

 ……………

 最後はワルあがきの末に辞任に追いこまれた、舛添前都知事の頃、ここ築地市場あとを船で都内観光の拠点にしようという構想があった。
 その後のドタバタ騒ぎで、アレもいつのまにか立ち消えになってしまったのかどうか。ボク思うには……
 アレはアレでなかなか夢のふくらむいい話、小池知事には継承をお願いしておきたい。

 計画は、もちろん築地市場が新市場豊洲に引っ越した後の話だが。
 隅田川沿いの各所にテラスや船着場を新たに整備、築地市場の桟橋を解体した後に中心拠点となる船着場「築地リバーフロントターミナル」を配して、”江戸前”以来の「水の都」づくりを進めよう、というもの。
 つまり、オリンピック・パラリンピックの賑わいをそのままに、銀座にも近い好立地を生かして、隅田川を水陸の玄関口に生まれかわらせる。

 海からの船と川遊び船との中継ばかりでなく、地下鉄やバスなど陸上交通機関との連絡も向上させ。
 船着場は、築地大橋の上流側と下流側の2ヶ所に置いて利便性よりよく、ターミナル建物も単なる待合所にとどまらない、散策やジョギングはもちろん、オープンカフェで憩いのひとときもあじわえるウォーターフロント・テラスを目指すという。

 なるほど「水の都、舟運で行こう」という気分にさせるのは、なんでも、都内の河川に設置された防災船着場がすでに65ヶ所ある、そうな。
 (そういえば、川すじを歩くと船着場をよく目にするけれど、まさかそれほどとは思わなかった)
 この船着場を94ヶ所に増やし、かつ、観光船などが利用できるように順次、一般開放。オリンピック後の晴海にも船着場、両国には小型船舶が利用しやすい船着場の増設も構想する。
 もちろん、さまざまな魅力発掘の航路充実もなくてはならない。水上タクシーの試験営業も一昨年冬からはじまっている、が。

 いや、もっとたいせつなのは。
 やっぱり陸上交通との結びつき、そして、なにより水上・船旅というスローライフ指向のTOKYOにできるか、だろう。
 「水の都」が、じつは、これまでどおりのセコセコ社会では、どうにもなるまい。

◆”江戸っこ”の市場がケチっちゃいけねぇよ

 以前、2月末に歩いたときには、築地が昼すぎになり人出のピークをすぎていたから、こんどはシッカリその盛況ぶりを見ておきたい、と。
 波除神社から場外市場に足を踏み入れたらスゴッかった、半分は外人さんじゃないか…という人混み、ひきもきらず。
 ぼくは、パリのクリニャンクール”のみの市”にいるような錯覚さえ覚えるほどだった。

 そこを包みこむふんいきは”雑然”のよさ。前にもいった”猥雑”感のここちよさでアル。
 だぁれも、そこに”おすましムード”など期待はしていない。
 そこをトリチガエると、新市場が豊洲か築地か、どちらになろうとせっかくの人気をとりにがすことになるだろう。

 あらためて、新施設「築地魚河岸」も歩いてみたけれど。
 ひとつ「ヤダよ」を言わせてもらえば、「ケチくさい」ことはヤメてもらいたい。

 なにがケチくさいか、顕著なのは刺身マグロだ、なかでも本マグロ・クラスの高級もの。
 大きな魚体を小ぶりに切り分けたものを「さく(柵)」と呼ぶが、柵というからには立てたとき倒れないくらいシッカリしていることがもとめられる。
 ところが実際は、厚さ2センチにも充たない薄っぺらな身は寝かせておくしか手がない。

 「それはねぇ」
 言い訳したい気もちはよくわかる、厚味のある柵にとると値が張っちまう。
 「買いたくても買えない客だってあるだろ」
 それをいうなら、厚味や身幅をケチるんじゃなしに、寸(長さ)をつめたらいい。
 本マグロの刺身が、みすぼらしくなっちゃいけない、本マグロが泣く。
 客だって、けっきょく満足はしない。憾みがのこっちゃ、いけない。
 「奮発して喰う」のが本マグロだろう。

 客の嗜好をトリチガエて、客足を遠のかせた地方の市場がいっぱいある。函館朝市しかり、金沢の近江町市場だってそうだ。
 他所のことは、まぁいい、として、粋と鯔背〔いなせ〕がウリの江戸っこ市場が「ケチくさい」んじゃハナシにならない。

 ぎりぎり安くマケても、どうにもならなけりゃ、
 「値がハリますが…」
 はっきり言ってナットクしてもらうしかなかろう。
 
 一番いけないのが、困った末に根性が「ケチ」くさくなることだ。
 自慢の「目利き」は、「築地ブランド」はどこへいった。
 もちろん、すべてがそうだというのではない、けれども……
 関係者には、よくよく考え直してもらいたいところだ。

 いま「新市場がどうなるか」というときに、廃業か存続かの荒波に翻弄されているのが、もっとも庶民寄りの立ち位置にあって中小店が多い仲卸しさんだ。
 「市場外取引」はこれからも増えていくだろうし。
 新市場予定の豊洲の新設備に期待する声も少なくないのは事実だけれど。
 「目利き」をどっかへ置き忘れての「ケチくさい」市場になっちゃオシマイだろうと思うのダ。