どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

『琵琶湖周航の歌』…かつての学生歌がいまは「終業の歌」になっている、という

-No.1261-
★2017年03月05日日曜日
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★ オリンピック東京まで → 1237日



◆『琵琶湖周航の歌』

 …といえば加藤登紀子、”とっこちゃん”の唄。
 たしか70年代の初めころに大ヒットしたが、ボニージャックスもペギー葉山も唄っていた。

 ぼくも、この歌が好きで、「旅にしあれば しみじみと…」ひとり水面を見つめていたりすると、ふと口をついてでた。
 ただ、ぼくにはこの唄、滋賀県ご当地ソングなんていうより、もっと遥かな、エキゾチックなイメージをもっていた。
 おなじ加藤登紀子の唄なら『知床旅情』のほうがだんぜん故郷ムードふつふつで、その意味ではむしろ森繁久彌節こそピッタリといえた。

 「われはうみ〔・・〕のこ」で始まる唄には、もうひとつ小学校唱歌があって、あちらは「海」、こちらは「湖」。湘南の海に親しんできた身には、やはり「うみ」は「海」が自然であり、長じて実際に琵琶湖の岸に佇むまでは「湖〔うみ〕」の想いにいたれなかったことが思いだされる。

 この曲が、琵琶湖に面する滋賀県大津市では、〈残業削減〉のための「終業の歌」になっているという話を聞いて(へぇ)と思った。
 夕刻せまるころ役場内に流されている、というのだが。ぼくなんぞには、もっと奥深い想念にひきこまれそうな気がしてならない。
 つまり、このメロディーを聞くと、地元の人はたいがい「帰りたくなる」というのだけれど……
 ぼくだったら、それだけではすまされない、それこそ「旅にしあれば」で、翌くる朝の出勤もおぼつかなくなる気がする。

 あるいは、また、仕事といってもそれが天職であるなら、口をついてでる歌詞は「帰ろかなぁ、帰るのよそうかな」ではなかろうか、と思ったりもする。

 それが琵琶湖畔の大津市では。
 多くの人が、子どものころ母親が手仕事しながら口ずさむ『琵琶湖周航の歌』を聞いて育ち、いまもたとえば宴会を〆るときの曲になっている、という。
 なるほど、郷愁を誘われる曲にはちがいない。

 さらに地元の小学校では、琵琶湖でおこなわれる船上合宿の打ち上げに歌われる、とも聞いた。
 それはそうだろう。
 もともとがこの唄、むかしの第三高等学校(いまの京都大学)漕艇部に属したらしい作詞者が周航中の一夜、想をえたものといわれ、いうまでもない三高の寮歌・学生歌だったのだから。

 それにしても、青春の日の慕情の唄が、いまは終業の唄というのには、ある種、諸行無常の感が漂わなくもない。