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どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

ギンヤンマはふつうのトンボとは格が段ちがい/  いってみれば若大将のような存在だった

気象・環境・自然・動植物

-No.1254-
★2017年02月26日日曜日
★《3.11》フクシマから → 2180日
★ オリンピック東京まで → 1244日

*陽ざしが春めいてきた…と思ったら、17日には春一番の風が吹いた。ぼくも春迎えの準備、プランターに花の種を蒔いた*


   

◆ギンヤンマの腰が眩しい

 「懐子」という表現がある。「ふところご」と読む。
 「懐児」と書いたほうがいいかも知れない。

 「ふところに抱くほどの幼な児」の意から「たいせつにいつくしむ子」、「秘蔵っ子」のことをも表わす。
 けれども、いまはほとんどつかわれることがない。
 日本語も表現の多様性をうしなっていくことになると……さて、どうなるか……ちょと、お寒い気もする。

 なにかの映像、どこぞの里山とおぼしき水田に、大型のトンボが高速で翔びこんくる。
 …と見る間に、翅のうごきをみごとにコントロールして、安定感にみちたホバリング
 オスプレイとかいう、空飛ぶ人間の造り物が恥ずかしいくらい。

 7センチくらいの体長にくらべて、5センチはあるだろう長い翅が陽に輝く。
 それから、その輝きが腰の水色に移って澄明な銀色に透ける……
 瞬間、ぼくは「懐子」を想った。

 ぼくにとってギンヤンマは、「だ~い好き」とも「いとしい」とも違う、そう、ほかでもない「懐子」そのまま。
 そうして、水色に輝く緊った腰をもつのは、オス。その輝きを讃えて「ギン」と呼んだ。

 ギンヤンマは、複眼をもつ頭から胸にかけてが黄緑色で、腹部から尾にかけてが茶褐色。その間の腰の色で雌雄がわかれ。
 オスの水色に対してメスは胸部とおなじ黄緑色で、ぼくら川崎っ子たちのあいだではなぜかしら「チャン」と呼ばれていた。
 
 メスは腰の色でオスと区別したが、翅の色もオスにくらべてクスんでいた。
 トンボ捕りの初歩では「ギン」も「チャン」もなく追いかけたものだが、長ずるにしたがってオスの「ギン」、腰の水色が陽に輝くオスに集中するようになるのは、子どもなりの、いま思えば美学であった。
 その頃の子どもの美学では、オニヤンマが大将「畏敬」の存在だったのに対して、ギンヤンマは若大将「親敬」ともいうべき存在といっていい。

 捕まえた「ギン」は翅を傷めないように、人差指と中指、中指と薬指の間に挟んで虫篭まで運んだ。

 交尾期のトンボが番〔つがい〕になったとき、オス・メス連結したのを捕らえることにも興味をそそられたわけだが、その場合でもシオカラトンボとムギワラトンボの番「トンツ」と、「ギン」「チャン」番の「ヤンツ」ではまるで格が違っていた。
 メスが番の状態で、あるいは単独で、チョンチョンと水草に卵を産みつける姿にしても、ヤンマのそれには威厳があって思わず見とれたものだった。

 いまでも、そのみごとな飛翔とホバリングを夢に見ることが多いギンヤンマだけれど……
 じっさいに、東京の空でお目にかかることはごく稀になってしまった。