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どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

気づきの本との出逢い…もう一冊は『ひとりの記憶』/読書はすべて気づきの場…ではあるけれど

-No.1230-
★2017年02月02日(木曜日)
★《3.11》フクシマから → 2156日
★ オリンピック東京まで → 1268日



◆気づきの本を、もう一冊

 読書、本との出逢いにもバイオリズムがある…ように思う。

『ひとりの記憶-海の向こうの戦争と、生き抜いた人たち-』(2016年、文藝春秋刊)
 著者の橋口譲二さんは、人間存在のドキュメントを主題に追う写真家である。
 ご本人も海外暮らしが長いらしく、ぼくの姉さん夫婦がドイツ旅行のとき現地で知りあったとのこと。

 二つうえの姉さんから、読んでみて、といわれた。
 姉は戦時中の生まれ、ぼくは戦後すぐに産声をあげていた。

 サブタイトルを見れば、おおよその察しはつき、それでもなお内容には予期以上のものがあって。
 「戦後は終わった」ことにしたいのは、あくまでも希望にすぎず、いまも重層的に戦後がつづいていることはまぎれもないのだ……けれど……

 読んでぼくは、気もちがズンと沈んでしまった。
 このこころ、読書好きの方には、おわかりいただけるものかどうか。
 ぼくは、映画は楽しめなければいけない、と思いきわめており、これは小説についてもおなじこと。
 どんなによくできたお話しでも、出逢ってはいけない不幸をもたらしてはいけない。
 やりきれない小説はよろしくない、少なくともその人にとっては。

 ぼくは、松本清張の『弱気の虫』という小説に出逢ったとき、はじめてそれを感じた。
 でも、つい最後まで読んでしまった。
 その後、何冊かそのテの本に出逢い、途中で読むのをヤメることを覚えた。

 こんどの本は、そのテの小説本とはちがい、ドキュメンタリーのいい領域にあったのだ……けれど……
 読後のぼくを沈めてしまった。
 読書にはそういうこともあるのを、気づかせてくれた本だった。