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どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

『この世界の片隅に』も佳いアニメ映画作品だった

文化・社会・観賞・読書・思想

-No.1226-
★2017年01月29日日曜日
★《3.11》フクシマから → 2152日
★ オリンピック東京まで → 1272日



◆おなじ1月17日、もう一本のアニメ映画『この世界の片隅に』を観た

 昨日も、アニメ映画『君の名は。』について語ったことだ、けれど。
 なぜ、これほどまでにアニメなのか。
 それを、よりよく知るために、もう一本。
 『君の名は。』の対極にあると思われる作品を観ておきたかった。

 『この世界の片隅に』は、やはり去年、11月に公開された作品。だが全国での拡大公開は年が明けてからだった。
 内容は、タイトルからもヨミとれる、が。
 「昭和20年、広島、呉。わたしは ここで 生きている。」
 1行の宣伝文に、すべてが言い尽くされている。

 原作が連載漫画だったから、だろうか。
 ブルーリボン賞日本アカデミー賞キネマ旬報ベストテン1位とかの、栄誉に関心がくすぐられたから、だろうか。
 『君の名は。』とは対照的に、若い人それもカップルの姿が多く目について、意外だった。
 映像としても、対照的に、従来からあるアニメ表現の範疇にあり、やわらかい肌あいのものだった。
 そこには安心感がある反面、ともすると作品への集中をさまたげ、厭きさせるものもあった。

 この場合、ぼくは原作を知らないけれど、その表現はウイットと無垢のユーモアにとんで。
 ぼくと同世代とおぼしき女性客の無遠慮(迷惑)な笑いを誘っていたが、隣りの席の若いカップルは無言で、くいいるように没入していた。

 ボクには身近にすぎるくらいの時代背景のことが、若い人にはほんとうのところ、どのように感じられているのだろう。
 ボクはいくぶん混乱し、あとで聞くとカミさんにも似たような想いがあったらしい。

 『君の名は。』は、よくできた作品だった。
 『この世界の片隅に』も、いい作品だった。
 ちがうのは『この世界の片隅に』が、「クラウドファンディング」のもとに生まれたこと。
 映画というのは、いまも、思いのほかカネのかかるものだった。