どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

もぬけの空……叔父さんの四十九日に想う

-No.1216-
★2017年01月19日(木曜日)
★《3.11》フクシマから → 2142日
★ オリンピック東京まで → 1282日




◆棲むものがいなくなる…こと

 「しまった捕り逃がしたか…もぬけの空〔から〕じゃぁ」
 追手の者が地団駄ふんで口惜しがる。
 影でほくそえむ者がある……

 子どもの頃、蓑虫に夢中になったことがある。
 小枝の切れっ端や枯葉の小片を集め、口から吐く糸で綴りあわせた袋状の巣で、ミノガという虫の幼虫が入っていて。
 その冬枯れの点景に風情があった。

 この蓑虫の巣を袋の下から、親指と人差し指で押し出すように絞ると、白い暖かそうな綿入れのなかから、潜み隠れていた黒っぽい虫が頭をのぞかせ、わけもなくウレシかったっけな。

 ところが、たまぁに…抜け殻に出逢うことがあって、まさに「もぬけのから」の、なんともいえない感情の揺れを覚えた。

 ぼくの感じでは、だから「もぬけの空」だったが。
 ふつうには「蛻の殻」、なるほど「蛻」は「虫」が「脱」した状態だ、けれど。
 「抜け殻」とされると、似あうのはたとえばイラガの繭のような堅いもの。
 「抜け空」のほうにより通じるものがあると思われる。

 「もぬけ」は「裳抜け」から、ともいう。
 人であれば、貫頭衣から身体がすっぽり抜けた…か、想像してもっとおもしろいのは、十二単のようなものから生身がするりと抜けたあとだろう。
 
 蛻皮なる表現もあって、「脱皮した皮」というと蛇がぴったり。ぼくも、ハブの脱皮に背筋の冷えたことがある。
 抜け殻のさいたるものは蝉のそれで、家の裏など夏になると毎年、蝉の抜け穴でボコボコ、庭木や壁のあちこちが空蝉〔うつせみ〕だらけになる。

 「空蝉」は古くは「現人(現身)」。
 枕詞の「うつせみの」は「命」「身」「世」「人」「妹」にかかる。
 「空蝉」にはまた、「魂がぬけた虚脱状態の身」とする意味もある。

 ……………

 きょう19日は、昨年12月2日に身罷った叔父さんの四十九日。
 ビルマの戦地から帰還した元陸軍兵の亡き骸は、ぼくの戦後を「もぬけの空」にした。

 ……………

 「もぬけの空」の蓑虫のこと。
 オスは巣のなかで蛹になり、やがて蛾に羽化する。
 けれどもメスの方は、成虫になっても袋のなかに棲む。
 ということを知る頃には、興味がよそごとに移っていたボク。
 でも、いまも蓑虫はなつかしくて、ときどきあの袋を集めてなにかしら拵えてみようかと思うことがある。