どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

寒川神社へ正月4日の初詣のこと/        「八方除け」のお祓いでは願主の所番地まで克明に…

-No.1212-
★2017年01月15日日曜日
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◆1月4日の初詣

 幼時、わが家は川崎市にあって、初詣は川崎大師だった。
 いや…お大師さんは初詣のためにあるのではないから、近くにお大師さんを祀るお寺があったから、そこへ初詣に行った…というのがただしい。

 戦後直ぐ生まれの、ぼくの幼時というのは、1950(昭和25)年頃のこと。
 戦後の復興にとりかかったばかりの世相に、まだ〈ゆとり〉はとぼしくて。
 初詣は、たしかに神だのみごとながら、行楽の色彩もたぶんにふくまれており。

 年によって、東京の明治神宮へも、浅草寺へも、鎌倉の鶴岡八幡宮へも、千葉の成田山へも、初詣に行った。
 皇居へ新年の一般参賀も、子どもごころには初詣のようなものだった。

 やっと、わが家をもてるようになったとき、寒川神社が初詣さきになった。
 それまでの初詣が、お年玉みたいな気分だったのにくらべ。
 「厄除け」「厄祓い」の気分が濃厚になったのを覚えている。

 その後の半世紀ほどを、ぼくもどっぷり新時代感覚のなかで生き。
 里帰りに似た面映ゆさを感じながら、ひさしぶりの寒川神社詣で。
 
 JR相模線の電車で行く。
 東海道線茅ヶ崎駅と横浜戦の橋本駅とを結ぶ相模線は、いまどき首都圏には珍しい、いまだに単線。
 ただしその理由、地方交通線のように輸送量が少ないからではなく、こちらの場合は線路を増設する土地代が高いから。

 この線には、国鉄時代、本線から分岐する支線があって。寒川駅から西寒川駅まで1駅だけ。
 こういう短小の支線を、俗に「でべそ線」と呼んだりした。そのこころは、もう少しは存在感のある「盲腸線」よりも短い。
 ただし、この寒川駅西寒川駅も寒川神社とは関係ない。相模線は参宮線ではなく、砂利採取線だった。
 寒川神社の最寄り駅は、むかしもいまも寒川からひとつさきの宮山駅である。

 単線の、ふだんは田舎の小駅。
 正月も三が日をすぎ、4日だというのに初詣客、少なからず。
 狭いホームには人があふれ、神社へと歩く道すじには車列がつづいて渋滞中。
 庶民にとって初詣の習い、根づよい。

◆八方除け

 「寒川さん」といえば「八方除け」。

 木づくり(木工作)では、さまざまな角度にノコ(鋸)を挽いて「木取り」ということをするのだが。
 そのたびに、ぼくは、いつも思う。
 正三角は無駄が多すぎ、正四角は真っ正直にすぎて面白味がなく、正六角形になってやっと落ちつき「平安」といった気分が醸しだされてくる。
 好ましいのは正八角形で、「安定」に「充実」が加わる。
 
 正多角形の作図法を解説した本もあって、その術、定規とコンパスを繰り返しあやつることで達成される。
 なんでも、正多角形の究極は正6万5537角形だそうで、すなわち65537の辺と頂点をもち、内角の和は11796300°、対角線の数は2147450879本の図形になる、という。
 おもしろいのは、なるほど定規とコンパスで作図は可能なのだけれど、実際に、極詳細にこれで記述されたものは〈ほとんど円と見分けがつかない〉のだと。

 木工でも、機械工具にたよらず円形を切り出すときには、描いた円の外周に添って引いた正八角形の補助線による、ことをする。
 つまり、円の中心から水平と垂直に直角分割の線を引き、さらにその半分、45度分割の線で分けると正八角形。
 この一辺、一辺をノコで切りとっていくごとに、図形が円を指向していることを知る。
 次は、さらにその半分割の正十六角形を切っていくわけだが、ここまでで、感覚的にはもう充分に円く、実際に、あとはのこった角を削り落とす作業ですむ。

 それで、なにが言いたいか…といえば、「多角形は円を指向する」こと。
 多角形の角が立たなくなれば円なのダ。
 
 「角」のそれぞれを災厄・迷惑・困難の「凝り」と見做せば、これを「除け」ば「円満」になる。
 
 「八方」は、「四方」と「四隅」だから、方角でいけば東・西・南・北に、北東・北西・南東・南西だけれど。
 これはむしろ、正四角形に中心から直角と45度角の補助線を引いた図示のほうがわかりやすい。45度角線のとおるところは、なるほど四角形の「四隅」だ。

 「八」という数を、まず「吉」とする考えがあって。
 「末広がり」の感覚から「万能」、「あらゆる方面」に「欠点のない」意へと拡張。
 相撲の、行司さんの掛け声「八卦よい」なんかも、その延長線上にあったりする。

 されば、逆にこの「吉」すじに難があると自然「八方ふさがり」。
 「一白水星」など陰陽道でいう「九星」、これを3列3行に並べると真ん中の星には出口がない。
 ……そうして星はめぐる……

 ただ、この方面を詮索するとキリがなくなりそうだ、ヤメておく。
 つまり、いってしまえば「人生ラクありゃ苦もある」さ。昔よりどっと複雑に、ヤヤコシクなった社会をきりぬけるためのお祓いをしましょうというのが「八方除け」。
 これはなにも、ぼくが勝手に解釈したわけじゃなくて、ちゃんと神社の方でそう広報している。

 昨年は、ぼくたち、それぞれの家系に不幸なことがつづいたから。
 神だのみではない、気分は「験なおし」。ぼく、こういうのスキだ。

 「八方除け」のお祓いをお願いし、初穂料を納め、同じ願いの方々(たいへんな数)にまじって拝殿へ。
 神主さんが祝詞を奏上する、その両脇で神職の方が、ぼくら願主の姓名住所を読みあげていく。きっちり「何丁目何番地」まで。
 それを聞きながらボクは、「方位にくわしい神さまにはヤッパリ所番地まで正確な情報が必要なのだろうか」、「番地を聞きまちがえたりすることはないのだろうか」、「神さまに方向音痴はないのだろうか」などなど、ぐじゃぐじゃと俗な想いに、おわりを告げる鈴の音が鳴るまでとらわれいた……