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どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

夢にあらわれてうれしかった小動物「ヤマネ」のこと

気象・環境・自然・動植物

-No.1205-
★2017年01月08日日曜日
★《3.11》フクシマから → 2131日
★ オリンピック東京まで → 1293日






◆ヤマネは「山根」、「山の根っこ」

 小さい命が、ふるえるほど愛おしく、目頭のあたりがツンとせつないようなことがある。
 「ヤマネ」という、体長わずか7~8センチ、体重18グラム(大さじ1杯+小さじ2分の1杯)ばかりの、天然記念物のネズミの仲間がいる。
 これでもレッキとした哺乳類であり、その固有性から二ホンヤマネとも呼ばれる。

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 山梨県北斗市清里高原に「やまねミュージアム」というのがあって、冬にここを訪れたら、毬のように円くなって冬眠中のヤマネ(それで別名マリネズミとも)をソッとのぞき見させていただいたことがあり、その「かわい」さの極致にベラボウめ、こちとらとっくりと、庇護本能に抱きすくめられちまったぃ。
 以来、ピンクのピンバッジなんか帽子につけたりしちゃって……

 ……というのは、夜行性で樹上生活のヤマネは、樹皮の隙間や落ち葉の下などで冬眠するのだそうだが、みごと小毛毬になったヤマネの足がまた、蕩けそうに愛らしいピンクだったりするから、たまらない。

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 小動物の究極の知恵で、尾をつよく掴まれたりするとたちまち体毛と皮膚が抜け落ち骨だけになるという、ヤマネ。
 つまり、そうなることによって外敵の餌食になるのを免れるのだ、と。なんと、いじらしい。

 じぶんが食べるのは、雑食。昆虫なども捕食するけれど、やっぱり甘いものには目がないらしく、花の蜜や果実が大好き。
 小ぶりで軽い体は、細い木の枝でも先の方まで、逆さにつかまってスケートみたいに滑っていける。
 その背中には一筋の黒いライン、これがヤマネの体を枝に見せかける……

 前にモモンガの尻尾には肉がないので、ほかの動物の餌食になっても尻尾だけは森にのこる、話しをしました、けれど。
 ヤマネの尻尾もおなじ、モモンガのよりさらに細くて毛も薄いので、森にのこっても、きっと落ち葉にまぎれてしまうでしょう。

 小さな身体だから脂肪の蓄えもわずか、体力の維持にはそれこそ命がけで、それで冬眠もするわけだが、皮膚もごく薄いから厳冬には筋肉や血液が凍るおそれもあり、それをふせぐため危急を知らせるスウィッチのような備えが体にそなわっている、ともいう。

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 清里の清泉寮のそばにある「やまねミュージアム」というのが、そもそもピューリタン清教徒)なふんいきのもので。
 この愛しき小動物の保護と紹介を目的に、ヤマネ研究の第一人者が館長さんをつとめる小宇宙といってよく。
 近くの道を歩くと、人間生活の都合で分断された森をつなぐため、ヤマネのために造られた「ヤマネブリッジ」なるもの、そのじっさいは電線カバーと変わらない避難移動路(アニマルパスウェイ)も見ることができる。

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 「山鼠」あるいは生態模写的に「冬眠鼠」とも漢字で書くヤマネ。
 そのとおりに、なんのふしぎもなく日々をすごしてきたのだが、ついさきごろのある日。
 ふと「ヤマネ」じつは「山根」かと、夢中で気づかされてしまったのダ。

 「根」。
 「もと」「ねもと」の意から「ことのおこるもと」「ものごとのもと」をあらわし、また「心の底」「本性」でもある。
 「根をおろす」という比喩表現もあるくらいに、精神的に根が深い。

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 ヤマネは、山の杣人の民俗とも交誼がふかく。
 冬の杣山で木を伐っていると、洞から冬眠中のヤマネが転がり出ることも。むかし珍しくなかったらしい。
 山小屋や鳥の巣箱に巣を営んだり、杣人が山小屋にもちこんだ布団や物入れのなかで冬眠していたりなど。
 それこそ無垢の愛らしさゆえに、「山の守り神」にされたりもしたきたようだ。

 形〔なり〕は小さくても、数百万年まえからこの星に生きてきた。半端じゃない。

 『動物名の由来』(中村浩著、東書選書、1981年)など見ても、ヤマネの名の由来の記述はない、けれども。
 ぼくは、俄然、「ヤマネ」は「山根」と悟るにいたった……

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 かといって、ボクは、小動物愛好家では、けしてない。
 たとえば、人間の勝手で愛玩用につくられた、トイ・プードルのような犬だとかは、飼い主にはもうしわけないけれども大の苦手。
 あのチョコチョコ歩きが足もとにまつわりつくと、踏んずけてしまいそうな恐怖にフットワークが乱れる……

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 ようするに。
 大きいものは大きくあれ、小さいものは小さくあれ。

 大きいものには〈度量〉が、小さいものには〈愛敬〉が似あう。
 これが、自然な摂理かと思う。

 (そうはいくか)と、抗う気分もわからいではないけれど。
 無理がすぎるとキュウクツなことになってしまう。