読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

上野公園と浅草の晩秋/「ゴッホとゴーギャン展」と黄色い不安の色

旅・散歩・遊ぶ 思うこと・考えること 生活・食べる・飲む周辺

-No.1190-
★2016年12月24日(土曜日)
★《3.11》フクシマから → 2116日
★ オリンピック東京まで → 1308日













◆上野公園の黄色

 東京都美術館の「ゴッホゴーギャン展」が、今月18日に終了した。
 ぼくもこの展覧会、ただいま報告連載中の十勝上士幌町「ちょこっと暮らし体験」から帰宅後の、先月末に観に行ったきた。

 ぼくが、黄色が好きなった理由が、ゴッホの描いたヒマワリや小麦畑の影響によるからであった。
 それから、もうひとつには、その後のボクがゴッホから離れ、ゴーギャンの世界に魅かれていったからでもあった。
 つまり、これはぜひ観ておかなければならない展覧会だったし、いっぽう、観おわったときのボクがどのような心境になるかも、おおよそ察しがつくように思えるという妙ちくりん体験でもあった。

 折から上野公園は、イチョウの黄金色に染まる晩秋であった。
 公園では大道芸のパフォーマンスも行われており、にぎわいのなかに哀愁のひそむ独特のムードが醸しだされてもいた。

 ぼくは、正直にいえば、展覧会というのが好きではない。
 そこに集まる人たちの”まことしやかに装われたかのごとき鑑賞態度”が気になって、せっかくのその世界に集中できないからだ。
 それでも観に行くのは、鑑賞ひとりじめの展覧会などありえない、からにほかならない。

 「ゴッホゴーギャン展」は、鑑賞に集中できにくい展覧会の最たるもののようだった。
 この〈二人展〉は必然の企画ともいえるし、またそれだけに回避すべきアイディアともいえた。
 鑑賞する多くの人たちの表情にも、隠しきれない困惑がうかがえた。

 観おわって、会場の出口に並べ置かれた二人の画家の椅子。
 それが、二人のおかれたヤムニヤマレヌ状況を物語っていた。

 つまり、この二人の異才の画家は、やっぱり出逢ってはいけない二人であった、ということ。
 生い立ちや性格はもとより、絵画表現もまったく異なる世界の二人が、南仏アルルですごした2ヶ月ほどというのは、どうあれ”決定的なこと”だった、ということ。

 後世に偉業をのこした二人に、ふさわしくない表現でまことに申し訳ないけれど、これはまぎれもなく世に云う「くされ縁」でしょう、とぼくは思う。
 その「くされ縁」の語源、一説に「くさり縁」ともいわれる。つまり、「離れようとしても離れられない」「なかなかに断ち切れない」……「このましくない関係」「悪縁」にはちがいない。
 ふつうの人ではない二人にとっては、よけいに気の毒な境遇といってもいいのでしょうが……

 あるときはたがいに、衝撃的にはじける芸術的火花を生んだかもしれない、けれど、その人生においては幸あったとはいえない邂逅でした。
 象徴的だったのが、つくりも洒落たゴーギャンの椅子と、粗末な木組みの(学童用に似た)ゴッホの椅子……

 もとよりボクは、黄色を「きちがい色」などとは思わないばかりか、「狂喜乱舞の色」「欣喜雀躍の色」として讃える者ですが。
 この展覧会を観おえてからは、ちょっとその黄色が、アンニュイな翳りをおびたことでした。

 折しも上野公園の一郭には。
 イチョウの黄葉を掃き集める職員の傍で、盛大に黄葉の噴水を撒き散らして遊ぶ子らの姿があり。
 ぼくの気分は、救われました。
 





◆浅草の「むぎとろ」

 帰途。
 浅草、隅田川。
 河畔の「むぎとろ」に寄って、とろろ会席を。

 べつにナニかをねらったわけではなく、ごくあたりまえに、ただ「気分をかえよう」つもり。
 しかし、これが思いほかによい効果がありました。

 「とろろ」には気分なおし、こころの毒けしの作用もあるようでした。