どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

十勝・上士幌町「ちょこっと暮らし体験」リポート-滞在4日目-/十勝の海へ…片道100km

-No.1186-
★2016年12月20日(火曜日)
★《3.11》フクシマから → 2112日
★ オリンピック東京まで → 1312日







◆11月6日(日)、積雪の「十勝晴れ」

 6時、起床。
 夜をこめて降りつづけたらしい雪。
 地元紙はこの時期の大雪を「早すぎる冬将軍」「積雪、記録的」と報じていた。

 朝方までは、まだ散ら散らしていたのがやむと、たちまち晴朗。
 8時頃には、はじめて東大雪連峰がその全容をあらわす。

 西のはずれがきっとニペソツ山、それから石狩岳・ユニ石狩岳とつづいて、三国峠をかかえる三国山…そこからさらに東へ、連なる山なみの間からひとつきわだって明瞭に輝く雪嶺は、あれが大雪連峰だろうか…。

 外に出てみると、モデルハウスの周りに大胆なタイヤの轍。
 どうやら除雪車を入れてくれたと見え、ありがたく感謝の念を抱きつつ、ここで冬を暮らす苦労が偲ばれる。
 (町には高齢者宅向けに除雪費用の助成制度がある)

 とりあえず、除雪車の助けに鼓舞されたかっこうで、こまかいところの雪除けをすませたら額に汗、身体にも汗。
 下着を替えて出かける準備……
 



◆十勝の海へ

 
「ちょっと今日は”十勝の海”を見に行きたい」
 ぼく言う、かみさん笑う。
 これ、つまり、いい魚がほしい、ということ。

 島国ニッポン、もちろん十勝にも沿岸があり、海もあるわけだが。
 ことばとしての「十勝の海」にはまるで現実感がない…ほどに”平原”の十勝であった。

 広尾町を目指す。
 帯広を経て片道およそ100km。
 (この距離は上士幌の町から三国峠まで約50kmの、ほぼ倍にあたる)
 いずれにしても”北の大地”北海道では、これくらいは近距離の範囲だ。
 
 音更帯広ICから道東道を少しもどって、帯広JCTから帯広広尾自動車道に入る。
 東大雪の山並みも大きかったが、車窓右手に迫ってくる日高山脈の圧倒的なボリュームには、とてもかなわない。

 国道236号に出て、近ごろは「宇宙〔そら〕の町」でうりだし中の大樹町。
 この町には、浜大樹の漁港があったことを思いだし、道の駅「コスモール大樹」に寄ってみる。

「その勘のよさにはマケるわ」
 かみさんも認める、ただ美味しいおサカナ食べたい一心。
 併設のスーパーにとびこんで、ばっちり刺身用「ソイ」と、このあたりでは「タンタカ」の地方名をもつ高級カレイ「マツカワ」の半身を手に入れる。

 さて、これで、この日の目的は達したわけだが。
 予定どおり、さらに広尾の港まで30km弱を走ってみたのには、わけがある。
 
 かつて、ずっと遠い若き日の1972(昭和47)年春。
 ぼくは鹿児島の枕崎駅(指宿枕崎線)から、ここ北海道の広尾駅(いまはない広尾線)まで、日本列島を、当時の国鉄線区を乗り継いでの”一筆書き”
、総距離12,770kmあまりの「片道最長切符」の旅をしたことがある。
 つまり、そのときのゴールの駅が広尾だったわけで、懐かしさのレベルずばぬけている。

 広尾の十勝港で出逢った太平洋の碧い海は、変わりなかったが。
 広尾線が廃止(1987年2月)になってからもうじき30年、町はすっかりさまがわりしており。
 広尾駅のあとはいま「広尾線鉄道記念館」になっているのだけれども、あえてこのたび、ぼくは訪れなかった。
 そのときはあらためて来よう…そのときがあるものかどうかも知れないが…まぁいってみれば”男の美学”みたいなものか……




◆六花の森

 帰途、中札内村の「六花の森」に立ち寄る。
 六花亭の包装紙といえば、スウィーツ好きでなくても知っている帯広の銘菓舗。
 その十勝六花ほか、北海道の四季折々の山野草を集めて咲かせる個性派ガーデンだ。

 ただし、開園は花期の春4月末から秋10月中旬まで。
 とっくに閉まったあとの、いまは冬眠の季節。
 そんな時季にしか見られないなにかがあるかも知れない、これも長年の勘というやつ。

 その森は、思ったとおり、枯れていた。
 これといって目を愉しませるものなどない、が。
 なにもないのではなく、この季節にしかできない、おとなしく貯える仕事をしている。
 凍える風景のなかで、明日にそなえ充実のときをすごしているのが、感じられる。

 四季、手入れをかかさない名園もいいが、自然のうつろいにまかせて冬は眠りにつく庭園もまた、いいものだ。
 訪れる人のない庭は、ふだんの表情でくつろいでおり、ぼくはそれで満足だった……
 



帯広競馬場

 もうひとつ。
 欲ばりな旅人になって、ぼくは帯広競馬場を訪ねる。

 陽が西に傾いて(間にあうかどうか)だったが、週末、「ばんえい(輓曵)」のレースがあるかも知れない。
 競馬場の駐車場は混んでおり、人があふれ、アナウンスの声がしていた。
 馬場をのぞくと、マウンド(障害)の上をしんがりの馬橇が越えて行くところ。
 この日、最後のレースに歓声がわいて、やがて鎮まった。

 かみさんは、「馬がわいそう」だから、輓曵を好まない。
 ぼくは、残酷とまでは思わないが馬には「酷」と感じるから、もっと負担重量を軽く、スピードを重視してほしいと思う派。
 だから、競馬場の雰囲気があじわえれば、それでいい。

 レースが終えて、アンニュイな空気がながれる競馬場も、わるくない。

 日曜日。競馬場の空き地活用の食とショッピングの広場「とかちむら」の方が、家族連れで大賑わいの休日。

 ぼくたちは、「都会と田舎」を考えながら、帰途につく。

 いつも多くの人で賑わう都会は、便利だが、そのぶん人間らしさをスポイルするものがある、つまり毒だ。
 それにくらべて田舎は、不便なことが多いかわりに、生活環境はそのまま薬草園のような、つまり癒しだ。
 だから、田舎に暮らし、ときたま(そう遠くない)都会へ、刺激(毒)をもとめに行くのがいちばん、健康な生き方になるのであろう。

 その間の距離感と、刺激のほどがムズカシイ……