読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

十勝・上士幌町「ちょこっと暮らし体験」リポート-アプローチ-/いまも厳しい日高山脈越え

-No.1180-
★2016年12月14日(水曜日)
★《3.11》フクシマから → 2106日
★ オリンピック東京まで → 1318日







 まず、昨日のつづきを。
 一夜が明けて船上の朝、現実離れに感じられたほどの晴天のもと、ぼくが観た景観を…そのままに綴ってみる。

 7時半ころ。船の左舷に青森県八戸とおぼしき大きな街、その奥左に岩手山…つづいてさらに左に、あれは早池峰か、それとも秋田駒あたりか。

 なお、しばらくして望まれたのは、こんどは下北半島尻屋崎あたり、その先端あたりをとりまくように流れる津軽海峡…はいいとして。
 なぜか、良すぎる気もする見通しの向こうは、アレはひょっとして函館? 蜃気楼のように白い白い街。

 そこは海峡出口の付近、角度によっては不可能ではなく思われるものの、しかし、うつつか……まぼろしか……

 たしかなのは、さっきまでストンと晴れて抜けていた空が、この景を境に俄かに翳ったこと。
 噴火湾から、道南・道央の山々はダークグレーに、重く垂れ籠める雲の下だった。




◆11月2日(水)、苫小牧入港は定刻13:30

 …よりも少し早く着岸。
 海が凪いでいたおかげだし、この航路は”海の大河”黒潮に乗るからであろう、北上(大洗⇒苫小牧)便の方が所要時間を短縮する。

 町のタイヤショップ支店で、スタッドレス取付ネジの増し締めをしてもらい。
 買い物(今夜の夕飯と晩酌のため)をすませて、高速道路に乗る。

 道央自動車道、千歳恵庭JCTから道東自動車道に入ると慌ただしさから解放され、途端に天地にゆとりができる。

 北海道のよさは「真っつぐ」にある。
 鉄道も道路も、基本「行けるとこまで真っつぐ」でアル。
 それができる大地、気もちがいいのでアル。

 これは人心も同じで、男も女も「真っつぐ」だから、離婚率も高いのだ…と聞いたことがある。
 わからないでもない、が。

 もっと確かなのは、「真っつぐ」ゆえの隙というか、スピードの誘惑にかられ、なおかつ、しぜん眠気に見舞われやすく。
 「吾ひとり」の油断も芽生えやすく、したがって事故のリスクも高まり、いったん事故れば重大にもなりやすいこと。

 とくに雪道では、道外車は「なにおッ」などと意気がらずに、地元車にゆずるのが余所者の心得。
 万が一、巻き添えにされるのを賢く避ける智慧でもある…のを、(さすがにこの齢になると)ボクは骨身に沁みて知っている。

 そんな高速道が、いくつもの長大トンネルを穿ち連ねて天嶮にさしかかるのは、〈分かれ道〉地名の「追分」をすぎたあたりから。
 ここでは、鉄道も室蘭本線から〈山岳鉄道〉石勝線が分岐、並行して難関の峠越えに挑んでいく。
 天嶮は、いうまでもない日高山脈

 〈北海道の屋根〉大雪山系からつづく〈北海道の背骨〉にあたり。
 狩勝峠(国道38号&根室本線の峠)あたりから襟裳岬にかけて、1000~2000m級の峻嶮を連ねるおよそ150kmは、ほぼ北の大地を真っ二つにしているといっても過言ではなく。

 峠越えのルートが稀少であるばかりか、険しく突兀〔とっこつ〕したこの山塊には、登山道の拓けた山さえ少ない。
 トマムのあたりからは、はや雪氷の景……

 想えば…羽田から初めて飛んだ帯広行きの空便。
 〈プロペラ機〉のYS-11が機体を震わせ、懸命に翼を撓〔しな〕わせながら、残雪の山脈を越えて行ったのが1973(昭和48)年の春5月であった。
 根っからの〈陸の王者〉鉄道好きで、なにより飛行機乗りが苦手だったボクが。
 このときはしかし、このプロペラ機の馬力全開、めいっぱいの頑張りで山脈を越えた〈一体感〉には、涙するほどに感動したのを。
 いまも忘れない……

 猛威を揮った8月の台風10号。
 甚大な被害に見舞われた日高山脈日勝峠越えの国道274号がズタズタにされ、十勝清水-日高千栄間の約39.5kmがいまも通行止めのため、道央-道東間の命脈は道東自動車道一本といってもよかった。

 峠を越えれば、十勝の平野。
 道東道サービスエリアの名称は「十勝平原」。
 黄葉の盛りをすぎたカラマツ林の、錆び茶がかった黄金色に癒される。

 荒涼としやすい広さゆえか、原色が似あう北の大地。
 花はハマナス、実はナナカマド。
 樹はシラカバというけれど、平原の夏はポプラがたのもしく、秋はカラマツの黄葉にぎわいがうれしい。

 3時間ほどで、音更帯広のインターにおりる。
 「ちょこっと暮らし体験」の上士幌町までは、ほぼ真北へ「真っつぐ」の道。
 すでに暗い大地、大農場とおぼしきなかを動く照灯が…やがて作業中のトラクターと知れる。
 ご苦労さま、明日3日は休日だから、その前に仕事をすませるつもりか。
 けれど、ぼくにはナゼかそれが「雪のくる前に」、農家が心急かれているように思えてならなかった。

 はじめて訪れる上士幌の町中に入って、方向感覚を失い、しばらくウロウロ。
 夕刻5時半すぎに、ヤクソクの「かみしほろ情報館」着。
 コンシェルジュのお嬢さんに迎えられ、ひととおり「生活体験モニター」のオリエンテーションを受ける間も、身体気分はまだ車の揺れのなかだった。

 右も左もわからない夜道を案内され、これから2週間の宿り、モデルハウス1号へ。
 温度計がないので体感だが、とにかく冷える。

 使い勝手の慣れない暖房、床暖房に悩まされつつ、とにもかくにも、熱いスープで身体を温め。
 これさえあれば…の、酒精の酔いに1日の緊張をほぐして、ベッドにもぐりこむ……

 さぁ、明日からじゃ~。