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どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》2016夏の巡礼-9日目-田野畑村③/ 田野畑村…雑感

《11.3.11》・原発・エネルギー・災害・防災 旅・散歩・遊ぶ

-No.1167-
★2016年12月01日(木曜日)
★《3.11》フクシマから → 2093日
★ オリンピック東京まで → 1331日

*12月になった、ことしは冬の寒気のおとずれが早いようだ、被災地東北沿岸、大槌町の仮設にいまも暮らす老夫婦からも「やぁ、キビシいな」嘆きの声がもれる。この家族が望む災害復興住宅の完成は、やっと来年中の予定だ……*








◆9月5日、午後

 北山崎の断崖クルーズのあと。
 田野畑村にもできたという復興住宅団地を訪ねる。
 集団移転の場所はもちろん高台、三陸鉄道北リアス線「島越」駅のお隣り、「田野畑」駅の近くにあった。
 (「カルボナード島越」駅に対して、こちらの愛称は宮沢賢治銀河鉄道の夜』にちなんで「カンパネルラ田野畑」、愛らしい田舎の小駅)

 その新興住宅地(まさしくそんな佇まい…)は、周囲の民家のありようとはまったく異なるので、すぐにわかった。
 やわらかい曲線を描く道に沿って、コンパクトな敷地に建つ〈文化住宅〉。
 かぎられた予算のことがあり、完成をいそいだ事情もあるだろうから、やむをえない。
 やむをえない…けれども、違和感はぬぐえない。
 この復興住宅地が周囲の風景にとけこむのには、かなりの時が必要なのではないかと思われた……

 この日の宿りは、小さな羅賀の港に建つホテル羅賀荘。
 10階建ての元国民宿舎は、《11.3.11》の津波に洗われながらのこった。
 怖いほど間近に潮騒を聞く、上階の部屋からは北山崎の海遥々……
 夏休みをおえた宿には、復興工事関係の泊まり客が多かった。

 翌6日(10日目)、宿の部屋から眺める北山崎の海は、朝靄に朝焼けの景。

 さらに北を目指す。
 ここも田野畑村内、明戸の浜にも高い防潮堤。
 きのう海上から見たコンクリート壁の連なりに、ふと(これは現代の”鎖国”ではあるまいか)白昼夢のような思いがよぎったのを想いだす……