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どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》2016夏の巡礼-9日目-田野畑村①/ 三陸ジオパークのきら星「カルボナード島越駅」

-No.1165-
★2016年11月29日(火曜日)
★《3.11》フクシマから → 2091日
★ オリンピック東京まで → 1333日

キューバフィデル・カストロ国家評議会議長の死(25日)。超大国アメリカのお膝元での反米革命成功に愕然。風土、文化、民族、価値観、エネルギー…あらゆるものすべてが違うことを思い知らされた、学生時代を想いだす。そして、いま、彼に対する評価が、「反米の闘志・国家功労者」と反面「独裁者」とに別れることに、とうぜんそうだろうとは思いつつも、なぜだろう、ツ…と気もちに動揺を誘われるものがある*















◆9月5日、宮古市から田野畑村

 「三陸ジオパーク」というのがある。
 北は青森県八戸市から、南は宮城県気仙沼市まで、岩手県を軸とする3県16市町村にまたがる広大なエリアの”大地の公園”。
 ユネスコでいう”地質遺産”で、三陸の場合は古生代カンブリア紀から現代まで5億年にわたる地質、地形、自然、歴史、文化(津波被災遺構をも含む)となる。
 2013年9月に日本ジオパークに認定された。

 この「三陸ジオパーク」の主なジオポイントをつないで走るのが三陸鉄道北リアス線=久慈-宮古南リアス線=釜石-盛)。現在、休止中のJR山田線(宮古-釜石)が三鉄路線として開通すれば、そのまま”三陸ジオパーク線”と呼んでもいいくらいなのだが…。

 そのなかでも綺羅星のひとつが田野畑村の島越〔しまのこし〕駅。
 被災前も三鉄駅舎のなかで人気が高かった島越駅は、宮沢賢治グスコーブドリの伝記』にちなんで「カルボナード島越駅」と愛称された。
 親しまれた南欧風のその駅舎建物は、《11.3.11》の津波で高架橋の鉄路もろとも潰滅したが、そこにあった賢治の詩碑は奇跡的に流失をまぬがれてのこった。

 そのへんの事情は、このブログにも既報のとおり。
 (-No.0223-2014年5月2日記事「よくぞ蘇った「さんてつ」との出逢い」http://blog.hatena.ne.jp/sashimi-fish1/draft-scat.hatenablog.com/edit?entry=12921228815723039342

 「カルボナード島越駅」の新駅舎はできて、営業を始めていたけれど……
 どこもかしこも〈できたて〉の、生コンのにおいがのこる一帯は、まだまるで〈借りてきた猫〉みたい。

 宮沢賢治が1925年、三陸を旅したときの光景を綴った詩『発動機船』の詩碑(1997年田野畑村建立)も、居どころ定まらず線路わきに仮置きのまま。
 ただ、詩碑の傷みは見たところ致命的ではなく、ところどころ欠けたなかから鉄筋が顔をだしているあたり、
「どっこい生きとるがぁ~、健在じゃぁ~」
 雄叫ぶかに見えて、むしろなによりの「奇跡の顕現」にも思える。

 お役所好みの下手な修復(あるいは安手な再建)などこころみるくらいなら、のこされたそのままを遺構に保存してほしいものだ……