どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

もう一度、災害列島の〈避難誘導〉放送に想ったこと/11月22日早暁の福島地震②

-No.1160-
★2016年11月24日(木曜日)
★《3.11》フクシマから → 2086日
★ オリンピック東京まで → 1338日

*きょうの東京は、朝から霙が雪にかわった。たっぷりと水気をふくんで、濡れて染みとおるやっかいな雪。消えずにのこると明朝の凍結もこわい。11月の初雪は54年ぶりとかで、その頃のボクは青春前期の16~17歳だったことになる、けれど、ざんねんながらそんな記憶はつゆほどものこっていない……なるほど、半世紀というのは遠い*




◆「注意報」から「警報」への切り替えが招いた混乱

 きのうの記事で、ぼくは〈災害避難誘導〉放送のありかたと、気象庁「発表」の信憑性と課題について述べた。
 それについて、なお、続報がある。

 今朝がたは、寒気団がもたらした雪模様にくわえて、福島県沖を震源とするマグニチュード6.1、震度4の余震に見舞われた。

 それをふまえてテレビでは、昨日の地震にまつわるあれこれが、再度、注目されることになり、新聞も反省をもとに〈あらためて見なおし〉の記事を掲載した。

 要点は、「警報」と「注意報」の在り方である。
 「警報」は、つまり「警告」。「注意」とは格段に違う。
 地震発生後すぐの気象庁発表では、福島県だけが津波「警報」で、あとの沿岸各地には「注意報」。
 それが、宮城県も「警報」に切り替えられたのが、およそ2時間後。このときは、じつは津波到達後であった。

 石巻市牡鹿半島に住む知友から、切り替えの前後に「はげしい潮汐の変化があってハラハラさせられた」との情報が寄せられたことを、ぼくはお話した。
 現実に、仙台港におしよせた津波が予測値を大きく上まわる1.4メートルに達し、あわてた気象庁が警報に切り替えたわけだった。

 「警報」と「注意報」の、心理的におよぼす影響のちがいが、人々の行動にはっきりと現れた。

 石巻市内などでは、「警報」に切り替えられたことに驚いた住民が、あわてて自家用車で移動を開始、内陸に向かう道であちこちに渋滞がおこった。
 (実際ぼくは、これまで16回にわたる東北沿岸巡礼をとおして、たとえば石巻釜石市内にいるときには、津波地震がおこらないでほしいと願っていたものダ)

 おなじころ多賀城市内を流れる川では、津波が上流へと遡るのを発見、「これはヤバイと震えた」住民がいた。
 福島第二原発では、理由はどうあれ、原子炉の冷却装置が一時停止している。
 (けっして「かるい余震」ではなった…)

 テレビの画面では、牡蠣の養殖漁民が正直に語っていた。
津波の”警報”がでれば被害を覚悟して動く、だけど”注意報”だったら被害はないと思うね」

 きのうもお話し、したとおり。
 リアルタイムのテレビ画像が、地震の規模を、ただしくとらえているとはかぎらない。

 そうして、このときの気象庁発表は、ざんねんがら視聴者に信頼されるタチものではなかった。
 (あいかわらず…の状態がつづいている、といっていい)

 うわべをなぞっただけの、あきらかな説明不足であり、テレビ中継された画面はなお、それに輪をかけた。

 ようするに、観測の精度も、警報などの確度も、まだまだ、ずいぶん不確かなものだ、ということ。
 それを、隠そうとしてか、あるいは、やはり明らかにはしたくない底意があるから、ますますオカシナことになる。

 発表の場での〈マスコミの突っ込み不足〉もあるわけだが、これだって、どうしてそうなるのか、記者にもよくのみこめていないからではないか。

 ニッポンの気象科学は、一流クラスにあると思う。
 だからこそ、それでも「わかることはココまで」、「ココからさきはわからない」事実を、覆い隠しちゃいけない。

 官民にマスコミも交えて、これまでの知見の誤解をとき、原点にかえって現状を再認識することが、なによりだいじなのではないか。