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どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

災害列島の〈避難誘導〉放送に想ったこと/   11月22日早暁の福島地震

-No.1159-
★2016年11月23日勤労感謝の日、水曜日)
★《3.11》フクシマから → 2085日
★ オリンピック東京まで → 1339日



◆福島沖M7.4、震度5弱…

 目を覚ますと…まだ暗い。
 時計を見ると…5時すぎ。
 
 ほかの季節なら、起きてしまうことが多いが。
 冬になると寝床の温もりが恋しくて、しばらくぐずぐず、輾転としてからやっとこさ、抜けてでる…。
 6時前。

 「揺れてる」と、となりのベッドから起き上がったかみさん声。ところが…
 ボクには、寝起きの輾転としていた体動がこの揺れにぴったりハマったかして、たがいに吸収しあってしまったものか、まったく揺れが感じられなかった。

 「いつもとチガうんだもん……そんなことがあるのねぇ」
 かみさんが、信じられないという顔をして、呆れている。
 そう、そんなことがある……

 きのう午前6時前。福島県沖を震源とするマグニチュード7.4の地震があって、最大震度5弱。
 これは阪神大震災や、ついこのあいだの熊本地震をもうわまわるものだったが。

 津波警報は福島・宮城の両県にとどまり、あとは津波注意報ですみ、津波の最大波高も1.4メートルですんだのは、ひとえに地層のズレどころが幸いした、ことによるらしい。

 ぼくは、テレビ・ラジオのチャンネルを順に切り替え、主だった各放送局の災害報道をチェックした。
 最初に受信したNHKテレビのアナウンサーが、悲壮感さえ漂わせる高い声音で、
「いますぐに逃げてください、なるべく高いところへ避難してください、東日本大震災を想いだしてください」
 くりかえし、くりかえし、叫んでいたからである。

 それは、あきらかに、これまでの。
 真剣ではあるけれど、どこかにオチツキをたもとうとする意識が透けて見えた放送とは、チガっていた。
 ギアが一段あがって、災害報道も進歩した印象がつよかったからだ。

 その後に視聴した各局とも、この基本認識にかわりはなかった…けれど。
 ふと、気になったのが、アナウンサーの個性による温度差みたいなもの。
 いい、わるい…ではないけれど、けして寄り添う声ばかりとは言えず、怖すぎる声、上っ調子な声、ひとりよがり(に聞こえてしまうよう)な声、などイロイロ。
 正直、その声によって視聴者が動かされやすいかどうか…ということもあるな、と感じさせられた。

 放送担当のローテーションもあるだろうし、無理はいえない気もするけれど…。
 報道各局は、”災害報道”専門のアナウンサー、声優の育成も視野におくべきだろうと思われた。

 もうひとつは、気象庁の課題。
 津波の予測値。
 福島で最大3メートルだったのが、実際には、観測点での数値は半分以下。

 アナウンサーが、「逃げろ」と叫ぶ緊急放送と同時の、映像にはその緊迫感がまるでなかったり、などなど。
 「引き波」という声にもかかわらず、映像は「寄せ波」だったり。

 しかし、いっぽうで……
 最初は福島県だけだった「津波警報」、しばらく時を経てからの「宮城県も警報に切り替え」には、(そのへんの事情の予備知識がまったくなかったもんだから)てんでワケがワカラナかった。

 にもかかわらず、石巻市牡鹿半島在住の親しい知友からは、
「あの切り替えから後、波高の上がり下がりの激しさにドキドキ、ハラハラ、正直こわかった」と。
 (こういうナマな情報は、現地現場からしかえられない)

 ……………

 要するに、ぼくはこう想うのダ。
 前にも、いったとおり。
 一般大衆にとっては、「天気予報」への親しみと、同時に、災害予測の(理由はどうあれ)”あいまい”さとが、同居状態。
 トータルして、全幅の信頼はしていないにもかかわらず、でも頼ってしまう、混沌とした状況にあることなのだ。

 しかも、解決法はさほどむずかしくはない、と思われる。
 つまり、「いまの科学でワカルことは、ざんねんながらココまでです」という正直な事実告知と、「ココからさきは素人にいっても混乱をまねくだけ」という思いこみによる勝手な出し惜しみを即座にやめ、わかりやすい情報公開の技法を学ぶこと、だと思う。

 新聞・テレビなどの報道を見るかぎり、「11.3.11の経験にまなんだ」りっぱな行動ばかりが喧伝されるけれど…。
 いっぽうには、(ぼくの知りえたかぎりだが)あのときにくらべたらタイシタコトナイ…と、避難の呼びかけに首を横にした人が一人や二人ではなかった、との住民情報がある。

 だいじなことは、こんどの地震が、あれから5年8か月後にもかかわらず「東日本大震災の余震」だった(と思われる)ということ。
 これは、人間のケチなオウワサなんぞどこ吹く風…の、宇宙規模の大自然のイトナミごとなのであった。