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どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》2016夏の巡礼-6日目-大船渡・釜石/  鵜住居、箱崎半島の奥まった浜に…

《11.3.11》・原発・エネルギー・災害・防災 旅・散歩・遊ぶ

-No.1134-
★2016年10月29日(土曜日)
★《3.11》フクシマから → 2060日
★ オリンピック東京まで → 1364日







◆9月2日、大船渡

 国道45号から、大船渡湾に面した道に下り、大船渡市役所を訪ねる。
 この被災地巡礼の旅で、役場をたよることは少ない。場所や人を尋ねるには、ほかにいくらでも方法があったし、けっきょく役場ではわからないことも多かったからだが。

 こんどの目的をはたすには、まず役場に訊ねるしかなかった。
 いま、沿岸各地で懸命におこなわれている「防災集団移転」に、新たな視点として注目される「差込型住宅団地」の実例を、見ておきたかったからだった。

 「差込型」というのは、もじどおり、限られた隙間的な空間や平地を活用しようという、島国ニッポンの実情に添った考え方、逆転の発想と言ってもいい。

 津波の浸水域を逃れて、住戸の集団移転を考えるときに、これまでは、なるべく大きな土地を探しての大規模計画がなされてきたわけだ、けれども、それは狭小な平場しか望めない、ことに沿岸部では、どだい無理な話し。
 それならいっそ、宅地のなかの空き地とか、利用されずにきた狭い平地を積極活用することで、小規模な地域単位での「集団移転」を実現しようというわけだ。

 いいね、いけそうだね…と、この話しを聞いたときにボクは即座に思った。
 この方式を考え出した大船渡市の、防災担当者は賢いと思った。大船渡湾を挟んで発展したこの街は、海辺から山までいたる間に、何段もの段丘を踏まえている。
 たとえば、水際からJR大船渡線の線路敷までは浸水域になるから、国道45号から上が候補地になる。段丘に削りとられた平地は狭小だが、これを放置せず丹念にひろい集め、小規模にまとめていこう、というのだ。

 大船渡市では、仮設団地がすでにそういう場所にしかできなかった経緯もあった。
 リクツにあっており、費用も手間も少なくてすむだろう。

 大船渡市には、そんな「差込型住宅団地」計画が随所に展開されているという。
 その1ヶ所でも、「見ておきたい」と申し出た。場所さえ教えてもらえばいいので、あとはカーナビをたよりに自力で行って見るから、と。結果……
「ここなら分かりやすいと思います」

 教えてもらったのは、碁石海岸に近いところ。来た道を広田半島の北端までもどった。

 近所の人に尋ね、尋ねて、訪ねあてたそこは。
 ここに1戸、向こうに2戸、あっちに3戸と、門之浜の高台宅地のなかの空き地に、なるほど、もじどおり差し込まれたカタチで、とびとびに点在していた。

 ……が、住宅としての在りようを見ただけでは、とても集団移転とは思えず、もちろん、それらしい案内看板もなく、ごくしぜんに地域に溶けこんでいる。

 上の写真をご覧のとおり、(これは、わざとらしさがなくて、これでいいナ)
 ぼくは思った、(集団移転という)コトバにとらわれないくふうは、みごとと言ってヨカッタ。
 













◆9月2日、釜石・箱崎半島

 釜石の港は、すっかり面目をとりもどしている……かに見えた。

 このたびは、北端、鵜住居町の箱崎半島を目指す。
 ぼくは、この半島、根浜海岸までしか行っていない。
 そこからさらに5kmほど先、箱崎白浜の浜に、ここにも巨大な防潮堤がお目見えしたという。

 地図で見たところ、ごくごく辺鄙な、どう考えても”巨大防潮堤”なんて似あいそうもない、ほとんど白地図の世界だった。
 アプローチの道すじも、たしかなことは知れない(行ってみるしかない)、僻遠の地への旅には、時間にも気もちにも充分なゆとりが必要だった。

 今夜の宿、宝来館のある根浜から先は、行き逢う車もほとんどない辺鄙な道をたっぷりと行き。
 辺鄙といっても、まぁ簡易郵便局くらいはある箱崎の浜を越え。
 なおも意地わるく、これでもかと連続する曲折を繰り返して、もういいかげんイヤ気のさす頃にやっと、目指す箱崎白浜に着いた。

 砂はなるほど白かったが、白浜と呼べるほどの浜辺の広がりはなく、港ひとつがガンバっている。

 山道から浜へ下りる道に工事の動きが見られ、村の道普請かと思ったら、それこそがまさに巨大防潮堤を造成するもの。
 その全貌は、手狭な集落からは望むべくもなく、港の岸壁に出てようやく(ははぁ…)と、ため息まじりの視野におさまった。
 お目見えといっても完成したのではなく、まだ営々造成中の、初期段階をすぎたかどうか…というところであった。

 集落の件数をかぞえたわけではないが、港に係留された漁船の大きさ、隻数を見ても、規模はたかが知れており、おそらく漁家数は十指に余るかどうか、であろう。
 それだけ、知れてある程度の経済効果のための、安全基準(?)をみたす巨大防潮堤工事であった。

 これが完成すれば、岸からは海が、岸壁からは人家が、見えないことになるだろう。
 厳しく見るなら、ここの漁家集落と同規模の浜が、少なくとも5つくらい集まってやっと、漁港として成り立つといったところであろう。

 さりとて、いったん住まいを許したからには、どうにもならない。
 住民に危険があれば、安全策をとらねばならない。
 
 しかし、カネに糸目を、ホントのところは、つけなければならない。
 膨張策の時代はおわって、これからはケジメの時代だ。
 出たとこ勝負ではない、将来を見据えた国土づくりを、官民あげて熟慮しなければならない。
 そのときが来ている、のはまちがいないのだけれど……