どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》2016夏の巡礼-5日目-陸前高田①/  広田湾と広田半島の復興に骨を折りそうな予感…

-No.1128-
★2016年10月23日日曜日
★《3.11》フクシマから → 2054日
★ オリンピック東京まで → 1370日




高田松原諸行無常

 気仙沼(宮城)から陸前高田(岩手)に抜ける峠道は…。
 (現代1等の道ながら)いつ通っても、きつい。
 むかし”牛追い””馬追い”の苦労が偲ばれ、”山姥”の涎がかかりそうなうすら寒さがある。

 下って、気仙川に架かる気仙大橋にかかる間に、ドライバーは皆あの《11.3.11》からしばらくの間、いやおうなしに前方注意の目を奪われる光景に唖然となったものだった。
 世に知られた高田松原の景勝…跡形もない、根こそぎすべてもっていかれたそのあとに、のこるは〈奇跡の一本松〉ただ一株。
  
 それにすら、おいそれとは近寄れないときがしばらく経つと、こんどはその前面に、「希望のかけ橋」と名づけられた盛り土用、土砂運搬ベルトコンベアーの巨大機構が、おなじ大震災沿岸部の話題をほとんど席巻した感があり、スゴイの一語につきたものだった。

 その陸前高田の、いまは。
 粛々と、白砂青松の松原跡に長広大な防潮堤の工事が進む。
 太平洋に望んで大きく深入りする広田湾を抱え、その後背に気仙川の扇状盆地。
 この立地を目の前にしては、高い防壁以外に、とりあえず防災の知恵もうかびようがない。

 そのせいか、営々とつづく後背地の盛り土も、海岸防潮堤工事の進み具合を横目で睨みながら…という状況にあるのはいなめない。
 ダイナミックといえば、そのとおり、だが、どうなるものやらナンジャモンジャといえば、それもまたそのとおり……
 やってみるしかない、これが本音だ。





◆黒崎仙境…崩落

 東日本(東北)の太平洋沿い、海岸の景勝は、悉〔ことごと〕くといっていい、程度の差こそあれ、いずれも被害をまぬがれなかった。
 それがわかっていたから、この被災地巡礼中、時間に余裕があるなどのことがないかぎり、立ち寄らないできた。

 でも、やっぱり、ずっと気にはなっていたので。
 こんどの巡礼では、予定のコースにくみいれ。
 すでに南三陸町の南端、石巻市との境にある神割崎に立ち寄ってきた。

 そこで感じたこと。
 遊歩道や展望台など〈施設〉や、景観の一部に欠落や損傷はあるものの、根本、自然の在りようにはかわりなく(そんなにヤワなものじゃないわけで)、むしろ観光客の少ないぶん、ピュアにあじわえる、ともいえた。

 黒崎仙境は、三陸リアス景勝のひとつで、広田湾の東端からV字型に沖へと張り出す岩礁地帯。
 あの《11.3.11》の大津波が、ここに烈しい牙を剥いたことは容易に想像できた、そのとおりに、左右の海景を堪能する遊歩道は途中で崩落のため行き止まり。
 眼下の岩礁地帯に荒波の打ち寄せる轟音だけが、おどろおどろに響き…。
 歩む人の少ない山道には、毒キノコと思われる赤い傘が妙に艶やかだった。

 仙峡の入り口にできた「黒崎仙峡温泉」、この日帰り入浴施設にのみ、いまは地元客の姿がちらほらしていた。
 陸前高田の復興は、とうぜんながら松原背後の市街地がまず優先され、校外はそのあと、新市街地に完成の見込みがたってから…ということになるのだろう。
 まだまだ先はながい。

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◆オートキャンプ場「モビリア」の仮設村

 半島の付け根に近い広田湾側の、モビリア仮設住宅団地を再訪。
 緑のキャンプ場に点在する木造コテージが、そのまま仮設住宅に転用されたここには、素っ気ないプレハブの仮設ばかり見慣れてきた目には、新鮮な野菜か鮮魚にでも出逢ったようなおどろきがあり。団地というより〈村〉のよう。

 それは、陸前高田の北隣り(大船渡の西隣り)にある林業の住田町が、被災者のため開設した木造り仮設住宅団地のぬくもり感と、好一対のヒット支援であったことを想いだす。

 しかし、5年半をすぎたいま、ここも空き家がめだつようになった(駐車場に車が少ない)せいか、その閑寂がシンと身に沁みるようだった…。







◆広田湾の湾奥の城塞

 湾口約3.5kmに対して、湾入は7kmもある。
 大敷網(大型定置網)を広げたような広田湾は、湾奥の袋網にあたる部分が養殖の海になっている。
 高田松原からつづく、その岸辺低地も、やはり大津波の被害甚大をきわめた。
 JR大船渡線も、魅入られたようにこの広田半島の水際を縫って大船渡へと抜けていたから、ズタズタというより、ほとんど完膚なきまでに潰滅させられた…。

 その半島側にも、もちろん高い防潮堤が築かれつつあり。
 松原側の長汀にくらべると、狭小感いなめない湾奥の防潮堤は、籠城用にできた城塞を思わせるもの。
 完成すると、住民たちは圧迫感との折りあいにくるしみそうだった……