どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》2016夏の巡礼-4日目-南三陸町①/  訪れるたびに変貌はげしく、拠りどころもなく…

-No.1125-
★2016年10月20日(木曜日)
★《3.11》フクシマから → 2051日
★ オリンピック東京まで → 1373日














◆8月31日、午後

 南三陸町に入って、すぐ。
 長清水という海水浴の小さな浜の、背後の高地、かつての森林のなかに真新しい住宅地が出現していて。
 一瞬…身を退くほどにギョッとする。

 これからは、こんな光景を各地に見ることになるのだろう。
 ”徹底”すれば、それもよかろう。あくまでも”徹底”すれば……

 志津川湾に下って、陸前戸倉でふたたび国道45号と出逢う。
 折立漁港のある辺りは、荒れ果てた被災の風土が長くとりのこされていたところ。
 ぼくらも、毎度、ためいきまじりに眺めた風景だった。

 そこが、その浜が、小さな漁港が、よみがえった…という。
 しかし、そのニュースは、あらためて復興の在りかたを問う、性格のものになっていた。
 いまは、わずかにのこる4人の漁師のために…これだけの設備がはたして必要か…と。

 真新しいコンクリートの白が眩しい折立漁港は、なるほど立派で、なるほど静かであった。
 岸壁では、小さな漁船の持ち主がひとり、黙々と船の手入れをしていた。

 ぼくには、ついに、なんの感想もうかんでは来なかった……

 志津川の町に入る。
 …と、うず高く盛り上げられた土砂の壁が両側から迫り、気分はパニック。
 懸命に、これまでに見た風景、経験を頼りに頭のコンパスをはたらかせようとするも、かなわず磁針は虚しく空回り。
 これは、まさしく、荒野に新開の槌音…の図であった。

 ようやく盛り土の上のコンビニに車を寄せ、道を尋ねて、少ぉし靄が霽れかかる。

 漁港の北の山上、志津川中学校まで上がって、やっと眼下の赤茶けた風景のなかに「防災庁舎」を見つけ、志津川の地図にピントがあった。
 …が、またしばらく周囲のあれこれ点景に目をやってから、視線をもどすと…またピントは的を失い、ずれてしまう。

 「防災庁舎」は震災遺構としてよりも、この町のランドマークとして、欠くことのできない指標になっていくのではないか。
 ぼくには、そんなふうに思われてならなかった……