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どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》2016夏の巡礼-4日目-日和山・女川/それぞれ…の定点ウォッチ・ポイント

-No.1120-
★2016年10月15日(土曜日)
★《3.11》フクシマから → 2046日
★ オリンピック東京まで → 1378日








◆8月31日、石巻日和山

 台風一過…というより肩透かしを喰らった感じだが、とにかく翌朝の晴天はじつに気もちがよかった。
 まだ遠慮がちではあったけれど、ふと空気に秋のにおいがまじる。

 5年目を迎えて「折り返し」がテーマのこのたびの巡礼。
 気もち原点にたちかえる、ということは、〈定点を再確認〉することでもあった。
 
 これまでの、松川浦(福島県相馬市)、閖上宮城県名取市)、宮戸島月浜(宮城県東松島市)がそうであったように、石巻日和山も定点ウォッチ・ポイントであった。
 台風の置き土産であろう、散り敷いた枝葉の道を歩いて展望台に立つと、東と西に旧北上川の流れをはさむ市街の眺め、みごとな切れ味で豁然と開けた。
 《11.3.11》後しばらくは、集積所から漂う塩干し瓦礫の悪臭に悩まされた日和大橋が、朝シャンすませた乙女の立ち姿のよう。

 天気のせいばかりでなく、いま現在の風景に落ちつきが見られるのは、街の地物はもちろん民心にもゆとりが生まれているからだろう。
 昨日おじゃました牡鹿十八成浜のNさんと、一昨日に訪ねた宮戸島月浜のOさんに、台風見舞いの電話。
 十八成浜の県道はあの日、ぼくたちが帰途についたあと水が出て一時通行止めになり、月浜も怖いような風雨に襲われたそうだが、どちらも無事とのことに、ホッと安堵の息をつく。

 進路を北へ北へとずらした台風10号は、結局、岩手県大船渡付近に上陸。
 その後の巡礼路で被害の痕を目撃することになったが、あやうく直撃をまぬがれた地に居た身は、その明暗のきわどさをあらためて痛感……
 このたびは、これにて石巻をあとにする。








◆女川①地域医療センター

 平成の市町村大合併があって、周囲を石巻市にとりまかれる格好になった女川町。
 《11.3.11》大津波の痕の凄まじさは、映像にのこされたあの引き波の怖ろしさとともに、いまもたびたび脳裡によみがえる。

 なにしろ狭い市街地が海港を抱きかかえるようにしてあるため、瓦礫を片づけた後につけられた車道がやっと、歩道など望むべくもない状況であり。
 主な道すじは、東西に町をつらぬく国道398号と、牡鹿半島からの県道、この3つ。そのいずれから町に入っても、駐車はおろか一時停車する余地もないありさまで、あれよあれよという間に町外へ押し出されてしまうしかなかった。

 何度目かに、その窮状からのがれる高みに気がつき、辿り着いたのが女川町地域医療センター。
 ちょうど海港後背地のなかほどに迫り上がった高台からは、ほぼ被災の全貌を見とどけることができ、以来、ここも巡礼〈定点ウォッチ・ポイント〉のひとつになっていた。

 このたび気づけば、その裏山にも斜面整備の痕跡が伸びている。
 盛り土・嵩上げの商業・事業地を全面に、その背後には集団移転の宅地造成区域が広がり、町の規模が適当なせいか、復興の意図や目途も目に見えてわかりやすい。
 
 ただ、ひとつ気がかりなのは、財政面におよぼす女川原発の影響。
 復興計画の枢要なところを、原発立地補助金にたよらなければならないとすれば……
 どう評価したものか、つい失笑をもらしてしまうほどに、人の世はやっかいだ。